第9話

「馬鹿かお前は。無理に決まっているだろう」

 物陰に隠れて事の始終を見ていた先輩の水子地蔵が、苛ついた声を私にぶつける。お供えの餡ドーナッツをぱくつきながら喋るせいで聞き取りにくい。


「そこをなんとかお願い出来ませんか?」

「一人ひとりの都合なんて考慮していたらキリがなかろう。それとも何か、お前は全員の身の上話を聞いてやるというのか?」

 ごもっともな意見が突き刺さる。ぐうの音も出やしない。


 黙る私に、先輩は「三十点、赤点」と告げた。今日は、二百年続いた水子先輩とのOJT最終日。合格すれば晴れて一人前の地蔵として認められるが、この様子だと結果は知れている。

「ったく、お前は本当に落ちこぼれの役立たずだな」

 それから一時間余り、水子先輩は、様々な語彙を駆使して私を罵倒し続けた。


 薄々気づいている方もいるだろうが、地蔵は酷く口が悪い。「地蔵=優しそう」は、人間が勝手に作り上げた虚像である。地蔵界はバリバリ体育会系の縦社会。新米は先輩地蔵にも鬼にも、敬語が絶対。たかだか二百年しか生きていない私は、偉そうな口はきけないのである。

「いいか、人間を甘やかすな。そんな簡単なこともできないなら、お前も一緒に地獄に落とすぞ」

 そう言うと、水子先輩は食べかけの餡ドーナッツを私に投げつけた。

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