第8話

「あなたはこの度、賽の河原における贖罪をすべて終えました。これから三途川を渡りますので、急いで支度を済ませてください」

「う~ん、悪いけど今回はパスってことで」

「パス?」

 思わず聞き返してしまった。こんなことは初めてだ。


「だってここから出たら、地獄に堕ちるんでしょ。むかし本か何かで読んだ気がする。三途の川の向こうは地獄だって」

 正確には少し違う。全員が地獄に行くわけではない。生前の行いによって、衆生は六道(天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄)のどの道に生まれ変わるかが決まる。その行き先を決めるべく、これから三途川を渡り裁判を受けに行くのだ。


「ほら、ワタシが辞退すれば一人分枠が空くわけじゃん。他の子に譲ってあげるからさ」

「恥ずかしながら、私は現場のイチ地蔵。名簿の子供たちを集めて三途川を渡る。それしか出来ないんですよ」

「自分で決められないとか、もしかして新人? それともバイトくん?」

 彼女の口調に明らかな軽蔑の色が混じる。

「ならちゃんと上司に確認しなきゃ。もしかしたら、イレギュラーなケースだってあるかもよ」

「しかしマニュアルには無かったから……」

「マニュアルマニュアルって、つまらない地蔵だねあんたも。そんなんじゃ、この先苦労するゾ」

 何故私は、こんな小娘に説教を受けているのだろうか。

「…………ちょっとだけ待ってもらえますか。上の者に相談してみます」

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