第2話 久しぶりの遊園地
竜也とさくらが帰ってから程なくして、昨日手術を執刀した村上先生が入室してきた。
「これから真剣にリハビリを行えば、日常生活を送る分には何の問題もないくらい回復するだろう。しかし、昨日も言ったように野球はもうできない」
「分かってます。まったく悔いが無いと言えば嘘になりますが、先生が思ってるほど引きずっていないので、あまり心配しないでください」
「そうか。君はまだ高校生なのに、随分大人なんだな。普通なら誰かに当たったり、泣き叫んだりするものだけどな」
「先生、それデータが古くないですか? 今時の高校生は、これくらいで取り乱したりしませんよ」
「そうなのか? まあ、君が思ったより元気そうで安心したよ。リハビリは今後の肩の回復具合を見て始めるから、そのつもりでいてくれ」
「はい」
先生が退室した途端、なぜか涙が込み上げてきた。
「あれ、おかしいな。なんで悲しくもないのに、涙が出るんだろう……」
いくら止めようとしても、意思に反して涙がこぼれ落ち、それはまったく収まる気配を見せなかった。
俺は
声を上げて泣いた。
それから一ヶ月間、俺は厳しいリハビリに耐え、日常生活を送る分にはなんの差し支えもない程に回復した。
「よく頑張ったな。野球はもうできないが、君はまだ若いし、すぐに新たな目標が見つかるよ」
「はい。これもすべて先生のおかげです。本当にありがとうございました」
俺は父親の車で家に帰っている間ずっと、村上先生が言った新しい目標について考えていた。
やがて家に着くと、一ヶ月間病院食だった俺を不憫に思ったのか、母親が色とりどりの豪勢な夕食を用意してくれていた。
「いただきます!」
俺は腹をすかせた野良犬のごとく、それらを貪るように次々と口の中へ放り込んだ。
「高志、そんなに急いで食べると体に悪いわよ」
俺は母親の言葉を無視してひたすら食べ続け、あっという間にすべての料理を平らげた。
そんな俺を両親は呆れたような顔で見ていたが、内心ではホッとしていたと思う。
その後、部屋でくつろいでいると、竜也とさくらが駆け付けてくれた。
「よう、元気そうだな」
「ああ。なんとか学校が始まる前に退院できてよかったよ」
夏休みは明日で終わる。
「明日のことなんだけど、遊園地に決まったから」
会って早々、さくらが妙なことを言ってくる。
「ん? なんのこと?」
「やだ、忘れてたの? 高志が退院したら、三人で遊びに行くって約束してたじゃん」
「ああ、そういえば、そんなこと言ってたな。でも、明日も練習があるんじゃないのか?」
「もちろんあるけど、私と竜也は特別に休みをもらったの」
「特別って?」
「おじさんとおばさんが明日仕事で病院に行けない代わりに、俺たちが迎えに行くって監督に嘘ついたんだ」
竜也は悪びれる様子をまったく見せない。
「マジで! そもそも退院したのは今日だし、もし嘘がバレたら、二人ともただじゃ済まないぞ」
「まあそうだけど、もう後には戻れないからな。こうなったら、明日知り合いに会わないことをみんなで祈ろうぜ」
「ったく、お前らは……どうなっても知らないからな」
口ではそう言いつつ、俺は二人の好意が嬉しくてたまらなかった。
翌日、俺たちは一時間程電車に揺られながら最寄り駅まで行き、そこからカップルや親子連れに紛れながら、歩いて遊園地に訪れた。
「最後にここへ来たのは、たしか小学校の低学年の時だったな」
着いた早々、入場口からすぐの所に設置してあるジェットコースターを観ながら、感慨にふける竜也。
「俺もだ。八歳の誕生日に親に連れて来てもらってからは、一度も来てないからな」
「小三で野球を始めてからは、二人とも練習でそれどころじゃなかったもんね。ちなみに私は中三の夏休みに友達と来て以来だから、ちょうど二年ぶりね」
「はあ? お前、俺たちが必死に練習してる時に、こんな所で遊んでたのかよ」
「何よ、その言い草は! どこで何をしようが、私の勝手でしょ!」
「おい、おい。こんな所まで来てケンカするなよ。それより、早く何か乗ろうぜ」
俺が仲裁に入ると、二人は渋々といった表情で言い合いをやめ、三人でジェットコースターに乗ることになった。
「じゃあ、お前ら二人で座れよ。俺は後ろの席に座るから」
竜也はなぜか、俺とさくらを隣同士で座らせようとした。
「なんで? こういう時は男同士で座った方がよくないか?」
「それじゃ、絵にならないだろ。いいから早く乗れよ」
「そんなこと言って、本当は怖がってるところを私たちに見られたくないだけだったりして」
薄笑いを浮かべるさくらに、竜也は「そ、そんなわけないだろ」と、どもりながら反論したが、その慌てぶりがそうであることを物語っていた。
「では出発します!」
係員の掛け声とともに、ジェットコースターはゆっくりと動き始めた。
「さあ、スタートしたわよ。久々だから思い切り楽しまなくちゃ」
「そうだな」
さくらの手前、つい余裕ぶってしまったが、俺は竜也同様ジェットコースターがあまり得意ではない。
そのことをさくらに気付かれないよう注意している間にスピードが徐々に上がっていき、やがて急角度で落下するコースに差し掛かった。
「うわあ! 気持ちいい!」
さくらは歓声を上げる程楽しんでいるが、ハッキリ言ってこっちはそれどころではない。
体が持っていかれないよう必死にレバーにしがみついていると、突然「ギャー!」という悲鳴にも似た声が後ろから聞こえてきた。
それは紛れもなく竜也の声で、俺はその瞬間、少しだけ気が楽になった。
やがて一周し、ジェットコースターから降りると、竜也は顔中汗まみれになっていた。
「いやあ、思ったより大したことなかったな。これなら何度でもイケるよ」
そんな状態にも拘わらず強がる竜也に、「じゃあ、その汗は何?」と、透かさずさくらがツッコミを入れる。
「何って、夏に汗をかくのは普通だろ?」
「私は量のことを言ってるの。普通あれだけ風にさらされた後に、そんなに汗はかかないでしょ?」
「俺は特異体質なんだよ」
「そんなの初めて聞いたわ。ていうか、走っている間ずっとあんたの叫び声が聞こえてきたんだけど。ねえ、高志」
「ああ」
「そんなわけないだろ! それはお前らの空耳だよ」
「そう。あくまでも認めない気ね。じゃあ、今度は一人で乗ってよ。私たち、下で見てるからさ」
「…………」
さくらの容赦ない口撃に、竜也は俯いたまま何も言い返すことができなかった。
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