第12話 ぶたにくい?
俺が舞台に上がると同時に、舞台袖から四十歳くらいの何の変哲もないおじさんが現れ、「俺が相方の坂本です」と、告げられた。
この見た目普通の坂本さんが、一体どんなボケをするのかと身構えていると、彼はおっとりとした口調で「俺、休日に仲間と草野球やってるんだけど、晴れてるとフライがぶたにくいんだよな」と、いきなり意味不明なボケをかましてきた。
(はあ? ぶたにくいだと? ……やばい。このボケの意味がまったく分からない。このままだと、さっきのトマトや大根の二の舞だ)
焦燥感に駆られながら、ボケの意味を考えていると、「あっ、ごめん。ぶたにくいじゃなくて、ぎゅうにくいの間違いだったよ。はははっ!」と、坂本さんはすぐさま二の矢を放ってきた。
(ぎゅうにくい? さっきがぶたにくで今回がぎゅうにくということは……なるほど! そういうことか)
ようやくボケの意味に気付くと、俺はすぐにツッコミを入れた。
「おい、おい。それって、ボケが強引過ぎるだろ。とりにくいのとりにくの部分を切り取って、ぶたにくやぎゅうにくに変えるなんてさ。俺だから良かったものの、普通は気付かないぞ。ほらっ、あの9番のゼッケンを付けてるおじさんを見てみろ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるじゃないか」
俺はライバルを巻き込んだ大掛かりなツッコミをすることで、審査員の印象を良くしようとした。
「ところで、君まだ若いね。大学生かい?」
「いや、まだ高校生だけど」
「びー! ということは、まだ十代か。俺にとっては随分昔のことだな」
(びー? 驚いた時に出る言葉といったら、普通は『えー』だよな。それを『びー』とボケるってことは……なるほど、そういうボケか)
「いや、いや。さっきも言ったけど、ボケが強引なんだよ。(えー)をアルファベットのAに見立てて『びー』ってボケるなんてさ。ほらっ、あの9番を見てみろ。またさっきと同じ顔してるじゃないか」
俺は一度ならず二度までもライバルを巻き込んでしまった。
後でちゃんと謝ろう。
「俺、かき氷が好きでさあ。あの細かく削った氷の上から、しょうゆを垂らして食べると、最高に美味いんだよな」
「いや、それ大根おろしの食べ方だから!」
「最近ゴルフを始めたんだけど、ボールが小さくてなかなか当たらなかったから、ボウリングの球に変えたんだよ。そしたら、一気にスコアがよくなってさ」
「うそつけ! ボウリングの球じゃ全然飛ばないし、そもそも大き過ぎてカップに入らないだろ!」
「この前、家でコロッケ食べてたんだけどさ。半分くらい食べたところで、なんかいつもより味が違うなと思ってよく見たら、コロッケじゃなくてたわし食べてたんだよな」
「ああ、それ分かる。確かに、コロッケとたわしって似てるもんな。って、そんなわけないだろ! そもそも半分ってなんだよ。そんなの一口かじった時点ですぐ気付くだろ!」
最後に会心のノリツッコミを決めたところで、ちょうど制限時間となった。
前半の失敗を後半なんとか巻き返せたことで、俺は半分スッキリ、半分モヤモヤした気持ちで舞台を下りた。
その後、控え室に戻り、さっきの漫才の反省をしていると、出番を終えた9番のゼッケンを付けたおじさんがうつむき加減で部屋に入ってきた。
「さっきはいじってしまい、すみませんでした」
素直に謝った俺に、おじさんは笑顔を返してくれた。
「別にいいよ。君の言った通り、ボケの意味に気付かなかったのは事実なんだから。それにしても君、いい度胸してるよな。普通ああいう所では、緊張で周りなんか見えてないものだけど、君にはちゃんと見えてたんだな。まだ高校生なんだろ? 将来有望だな」
「いえ、いえ。全然そんなことないです。実は俺、あの時相当テンパってたんです。相手のボケにすぐ反応できなかったから、このまま普通の返しをしただけだとちょっと弱いと思って、咄嗟におじさんのことをいじってしまったんです」
「咄嗟にそういうことを思い付くなんて、やはり君は只者じゃないな。恐らく、このオーディションも合格してると思うよ」
おじさんの言った通り、俺は三名の合格者の中の一人として、表彰式の後に武田事務所と契約を交わし、高校卒業後にプロとして本格的に活動することになった。
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