第5話 一触即発

 観覧車から降りると、俺とさくらはゴーカート場にいる竜也を迎えに行き、そのまま遊園地を後にした。


「どうだ、観覧車は楽しかったか?」


 駅に向かって歩いている道中、ニヤニヤしながら訊いてくる竜也に、俺は心とは裏腹に「ああ。特に頂上からの眺めは最高だったよ」と、努めて明るく返した。


「眺めねえ。それより、お前ら、どさくさに紛れて変なことしなかっただろうな」


「なにそれ? 余計な詮索しないでくれる」


 竜也の言葉に逸早く反応したのは俺ではなく、さくらだった。


「俺たち、お前が考えてるようなことは何もしてないから、心配するな」


「心配じゃなくて、期待してたんだけどな。まあいいか。今度またチャンスを作ってやるから、その時はちゃんとものにしろよ」


 そう言うと、竜也は突然駆け出した。


「おい、待てよ! チャンスって、どういう事だよ!」

「そうよ! ちゃんと説明しなさいよ!」


 俺とさくらはすぐに追いかけたが、学年一の俊足を誇る竜也は見る見る遠ざかり、やがてまったく見えなくなった。


「ったく、あいつ昔から変な奴だと思ってたけど、今日は特におかしいよな」


「そうね。明日、学校でとっちめてやらないといけないわね」


 その後、駅に着いた時には、竜也はもういなかった。

 さっき『またチャンスを作ってやる』って言ってたけど、今がその時なんだろうか。

 やがて電車が到着すると、俺は二人用の座席の通路側が空いているのを逸早く見つけ、そこにさくらを座らせた。

 俺はその横に立ち、スマホをいじっていると、程なくして隣に座っていた中年男性が降りたので、さくらはそのまま窓側に移り、俺が通路側に座る形となった。

 思いがけず絶好のシチュエーションになったことで、さっき観覧車の中でさくらが言ったことを、そのまま訊いてみる。


「俺たち、周りからどう見られてるんだろうな」


「それは、友達かカップルのどっちかでしょ」


「それ、さっき俺が言ったことを、そのまま返してるだけだよな?」


「高志こそ、なんでさっき私が言ったのと同じことを訊いてくるの?」


「いや、さっきこの話をした辺りから変な空気になっただろ? あの時、どういう意図であんなこと訊いてきたのかと思ってさ」


「そんなの、なんの意図もないよ。その後、高志が変なこと訊いてきたのがいけなかったのよ」


「それって、『さくらはどっちに見られた方がいいんだ』ってやつだろ? あれ、そんなに変だったか?」


「変よ。それこそ、どういう意図で訊いてきたのよ」


「俺も意図なんてないよ。気が付いたら、勝手に口から出てたんだ」


「あっ、そう。じゃあ、この話はもうこれで終わりね。それより、高志はこれからどうしようと思ってるの?」


 有耶無耶のまま、さくらは無理やり話を終わらせた。

 

「どうって?」


「野球の代わりに、何をするのかってことよ」


「正直、そこまではまだ考えてないよ。何しろリハビリでそれどころじゃなかったからな」


「何か、やりたい部活とかないの?」


「うーん。スポーツ系は全部ダメって医者に言われてるからなあ。あとは文科系しかないんだけど、なんか興味が湧くようなものがないんだよな」


「じゃあ、一緒にマネージャーやる? 私が手取り足取り教えてあげるからさ」

 

「いや、遠慮しとくよ。部員たちがプレーしてるところを見てると、なんか自分がみじめになりそうだからな」


「あっ、ごめん。私、そこまで考えてなかった……」


「別にいいよ。変に気を遣われる方が俺的には嫌だからさ」


 その後さくらは、好きな芸能人やアニメのことを、生き生きとした表情で話し、俺もその間ずっと話に乗ったり、相槌を打ったりしていた。 


 


 翌朝、久しぶりに竜也と自転車で登校している途中、俺は昨日から気になっていることを訊いてみた。


「昨日、なんで先に帰ったんだよ」


「決まってるだろ。お前とさくらを二人きりにさせるためだよ」


「なんでそんなことをする必要があるんだ?」


「お前が告白しやすいようにだよ。で、どうだったんだ。ちゃんと告白したのか?」


「するわけないだろ! もし振られたら、この先ずっと気まずいまま過ごさないといけなくなるじゃないか」


「そんなこと言ってたら、いつまで経っても進展しねえぞ。男ならここ一番度胸を見せないと」


「そう簡単にはいかないよ。それより、そろそろ国道だから、続きはまた後でな」


 ここから学校までは歩道の幅が狭く、また向こうから自転車がバンバン走ってくるため、一列走らざるを得なかった。

 やがて学校に着くと、俺たちは駐輪場に自転車を止め、二年三組の教室に揃って入室した。


「おはよう」

「元気だったか?」

「今学期もよろしくな」


 久しぶりに会うクラスメイトたちに次々と挨拶を交わしていると、不意に後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「お前、まだいたのか」


 振り向くと、声を掛けてきたのは山寺というサッカー部のエースストライカーで、俺とは普段から犬猿の仲だった。


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だよ。スポーツ推薦で入学しておいて、肝心のスポーツが出来なくなったお前に、もうこの学校にいる意味はないだろ。さっさと転校でもしろよ」


 その言葉を聞いて、竜也が俺より一瞬早く反応した。


「そのことなら、このまま学校にいてもいいと、先生からちゃんと許可をもらっている。何も知らないくせに、余計なことを言うな」


「なんだ、相棒のお出ましか。お前こそ関係ないくせに口出しするんじゃねえよ」


「なんだと? お前、インハイの決勝で自分のミスで負けたからって、俺たちに八つ当たりするんじゃねえよ」


「誰がそんなことするか! 俺はただ、そこのガラスのエースが目障りだと言ってるだけだよ!」


「お前、もう一度言ってみろ!」


 周りがざわめく中、突然さくらが俺たちの前に立ちはだかり、山寺にビンタを食らわせた。


「いい加減にしてよ! これ以上高志を侮辱すると、許さないからね!」


 目に涙をためながら訴えるさくらに、山寺は左の頬を押さえながら、「今度はマネージャーかよ! もう、やってらんねえ!」と捨て台詞を吐き、そのまま教室から出ていった。



 

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