第3話 リアル幽霊

 俺たちはその後、コーヒーカップやメリーゴーランド等の比較的緩いものに乗ったり、園内にいる様々なキャラクターと写真を撮ったりしながら、久しぶりの遊園地を満喫していた。


「そろそろ、お昼にしない? 私、サンドイッチ作ってきたから、みんなで食べよう」


 さくらがベンチに座りながら、俺と竜也を手招きする。


「待ってました!」

「お前にしては気が利くじゃねえか」


 俺たちが、さくらを挟むようにして座ると、彼女は俺と竜也の顔を交互に見ながら、何か思いついたような顔をする。


「もしかして、私サンドされてる? サンドイッチだけに」


「はあ? お前、なに訳の分からないこと言ってんだよ。いいから、早くよこせよ」


「この面白さが分からないあんたには、食べさせてあげない。高志、二人で食べよう」


 さくらは竜也に背中を向け、俺にサンドイッチがぎっしり詰まった大きめのランチボックスを差し出す。


「おおっ、たくさん作ってきたな。じゃあ、いただきまーす」


 俺はいくつかの種類の中から好物のたまごサンドを手に取り、半分ほど口に入れる。


「うん、美味い。やっぱり、たまごサンドが一番だな」


「他のも美味しいから、いっぱい食べて」


 俺が二個目に手を伸ばそうとすると、竜也が突然立ち上がり不満げな顔を向けてくる。


「お前ら、完全に俺の存在を忘れてるだろ」


「何よ。欲しいのなら欲しいって言えばいいでしょ」


「別に欲しくないけど、お前がどうしてもって言うんなら、食べてやるよ」


 竜也はそう言うと、ランチボックスの中からツナサンドを素早く抜き取り、丸ごと口の中へ放り込んだ。


「まあ特別うまくはないが、食べられないって程でもない。まあまあってとこだな」


「なにそれ。高志みたいに、素直に美味しいって言えばいいじゃん」


「俺はこいつと違ってひねくれてるからな。じゃあ次は、カツサンドをいただくとするか──うん。これも、まあまあだな」


 その後竜也は、どの種類のものを食べても、同じ感想を繰り返していた。





 サンドイッチを全部食べ切り、満足感に浸っていた俺と竜也に、「ねえ、せっかくだから、お化け屋敷に行ってみない?」と、さくらが提案する。


「俺は行ってもいいけど、こいつは基本怖がりだから、やめといた方がいいんじゃないか?」


「それは、お前だろ。小学校の時にやった肝試しで、ビビッて途中で逃げ出したくせに」


「あははっ! そういえば、そんなこともあったわね。竜也、そんなに怖いのなら、やめとく?」


「バカ言うな! 俺はもうあの頃とは違うんだよ!」


 竜也はそう言うと、自ら先頭に立ち、パンフレットの地図を見ながらお化け屋敷に向かって歩き出す。

 俺もどちらかというとお化け系は苦手だったが、それはおくびにも出さず、さくらと共に竜也の後ろを付いていった。


「どうやらあれのようだな」


 竜也の指差した方向に目を向けると、廃墟と化した家屋をそのまま運んできたような建物が見える。

 レンガ造りの壁にいくつか提灯が吊るされており、それが不気味さを一掃際立たせている。

 その見覚えのある外観から、俺はふと、ある女性のことを思い出した。


「そういえば、前にここへ来た時、やたらとリアルな幽霊役の女性がいたけど、あの人ってまだいるのかな?」


「ああ、その人ならまだいるみたいよ。彼女ノーメイクなのに、他のどの幽霊役よりも幽霊っぽいって有名なのよ」


「なんだと! ただでさえ怖いのに、そんなのがいたら余計入りづらいだろうが!」


 竜也が入口付近でわめいてるけど、ここまで来たらもう後戻りはできない。


「じゃあ、今日その人が休みなのを、みんなで祈りながら入ろう」


 さくらの言葉を皮切りに、竜也は意を決したように歩き出し、俺とさくらも後に続く。

 そのまま中に入ると、そこは数メートル先も見えないほど薄暗く、客に恐怖を植え付けるような不気味な音楽が流れていた。

 

「うわあ、なんか薄気味悪いな。聞いたことのない変な音楽が流れてるし」


「元々、お化け屋敷ってそういうものでしょ。それより、もっと早く歩けないの?」


「お前、そんなこと言って、俺を先に行かせようとしてるんだろ? その手には乗らねえぞ」


「そんなこと思ってないわよ」


 竜也とさくらが言い合っていると、突然前方に火の玉のようなものが現れ、そのすぐ後ろに首がやたらと長い人形のようなものが見えた。


「うわあ!」

「出たー!」


 俺と竜也が恐怖のあまり思わず叫び声を上げる中、さくらは「こんなお決まりの演出に、いちいち驚かないでよ」と、平然と言ってのけた。


 その後、のっぺらぼうや落ち武者をなんとか凌ぎながら進んでいると、前方から「キャー! 超リアル!」という叫び声が聞こえてきた。


「残念ながら、彼女してるみたいね」


 そう言って、ため息をつくさくらに、竜也は不満げな顔を向ける。


「じゃあお前らのうち、どちらかが責任取って先頭を歩いてくれよ」


「なんで私たちが責任取らなくちゃいけないのよ」


「お前らの祈りが浅かったから、こんなことになったんだ。だからお前らにはそうする義務があるんだよ」


「無茶苦茶なこと言わないでよ! 私だって怖いんだからね!」

「そうだよ。いくらなんでも理不尽過ぎるだろ」


「ちっ、じゃあ、しょうがないから、じゃんけんで決めるか?」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、シンプルな解決策を提案する竜也。


「望むところよ」

「負けても、後でゴチャゴチャ言うなよ」


「当たり前だろ。じゃあ、いくぞ。最初はグー。じゃんけんポン!」


 竜也とさくらがグーを出したのに対して、俺が出したのはチョキ。

 というわけで、俺が先頭を歩くことになった。


(これはまずい。あの人の顔をまともに見たら、恐怖のあまり失禁してしまうかも……それだけは何としても避けなくては)


 そんなことを思いながら、恐る恐る歩いていると、前方に箱みたいなものが置いてあるのが目に入った。


「おい、あそこに何かあるぞ」


「本当だ。見たところダンボールみたいだけど、なんであんな所にあるんだろうな」

「高志、ちょっと様子を見てきてよ」


 さくらが無茶振りをしてくる。

 本当は行きたくないけど、ここで断ったら根性なしと思われるのは必至だ。


「しょうがないな。じゃあ、ちょっと見てくるから、ここで待っててくれ」


 俺は精一杯虚勢を張りながら、そのダンボールらしきものに近づいていった。

 すると、上の部分に文字みたいなものが見え、なおも近づくと、そこには『この箱開けるべからず』と書かれていた。


(これって、絶対ここに何か入ってるよな。ちょうど人間が一人入れるくらいの大きさだし……どうしよう。ここに書かれている通り、このままスルーしようか……いや。そんなことしたら、二人に笑われてしまう。ここはもう開けるしかない)


 意を決して開けてみると、中から白装束姿の長い髪をした女性が現れ、地獄の底から聞こえてくるような低い声で「恨めしやー」と、俺を睨みつけながら言った。

 彼女は紛れもなく、俺が子供の頃にここで見たリアル幽霊だった。


「ギャーーー!!!」


 俺は声の限り絶叫すると、視界の悪さもものともせず、出口に向かって一目散に駆け出した。








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