第10話 全日本ツッコミコンテスト

 その後一年が経過し、周りのクラスメイトが就職試験や受験勉強に追われる中、俺と竜也は来春から大阪のお笑い養成所に行くことが決まっているため、そんな彼等を同情の目で見ていた。


 そんなある日、漫才のネタ探しをするため、昼休みにネット検索していたところ、大手の武田事務所が主催する『全日本ツッコミコンテスト』というお笑いのオーディションが近々開催されるという情報を掴んだ。

 そのオーディションは一風変わっていて、まず全国を七つのブロックに分けた予選会を開き、そこでは二人一組で漫才を披露するのだが、東京で行われる本選にはなぜかツッコミの者しか参加できないというものだった。

 その規定に少し引っ掛かりながらも、俺はとりあえず竜也に報告した。


「ふーん。なるほどね」


「えっ、お前、このオーディションの意図が分かるのか?」


「ああ。つまり武田事務所は、ツッコミのうまい人材を探してるってことさ。今、巷では能力の高いツッコミ芸人がもてはやされてるだろ? そういう芸人になりうる人材を発掘して、一から育てようとするのが、このオーディションの意図なんだよ」


「そういうことか。でも、それなら、なんで予選は漫才をやらせるんだろうな」


「その方が手っ取り早いからさ。ツッコミの腕を見るには、なんといっても漫才が一番だからな」


「でも、それだと、ボケ役は使い捨てみたいにならないか?」


「まあ、そう思うコンビもいるだろうな。そういう奴らは、端からこのオーディションには参加しないよ」 


「お前もそう思ってるのか?」


「いや。俺はこのオーディションに参加してもいいと思ってる。今の俺たちの実力を測るには、いい機会だからな」


 竜也の本音が知りたくて揺さぶりをかけるも、まったく動じる気配がない。

 本当にオーディションに参加するつもりなんだろうか。


「でも、もし合格しても、お前は東京には行けないんだぞ」


「はははっ! お前、もうそんなこと考えてるの? それ、ちょっと気が早くねえか? 心配しなくても、今の俺たちの実力じゃ、予選通過なんて夢のまた夢さ」


「俺だって予選通過できるなんて思ってないよ。でも、万が一ってことがあるかもしれないだろ?」


「ねえよ。九分九厘ねえよ」


「それって、確率的には万が一より上なんだけど」


「ぐっ……ほんと、変なところばかり、ツッコミうまくなりやがって」


「まあ、毎日お前に鍛えられてるからな。じゃあ、オーディションは参加する方向でいいんだな」


「ああ」


「じゃあ、後でエントリーしとくよ」



 その日の放課後から、俺たちは今まで作ったネタの中で一番自信のあるものを選び、オーディションに向けて、ひたすらネタ合わせに時間を費やした。

 初めの頃こそ二人とも半分遊び気分だったが、やっていくうちに「どうせなら予選突破を狙おうぜ」と、どちらからともなく声が上がり、途中からはいつも以上に真剣に取り組んでいた。

 

 そして迎えた予選当日、俺たちは特に緊張することもなく舞台に上がり、完璧ともいえる漫才を披露した。

 その結果──。



 なんと、オーディション合格!

 しかも、ぶっちぎりのトップ合格と、送られてきた手紙に書いてある。

 最初の頃は万が一にも合格は無いと思っていた俺たちにとっては、まさに奇跡のような出来事で、俺はすぐに竜也に連絡し、自宅に呼び寄せた。


「まあ、俺は奇跡だなんて思ってないけどな」


 手紙を見ながら強がる竜也に、俺は透かさずツッコミを入れる。


「お前、最初は『合格は九分九厘無い』とかほざいてたくせに、よくそんなこと言えるな」


「最初はそう思ってたけど、俺たちの漫才を観て審査員が爆笑した瞬間、俺は合格を確信したよ」


「確かに、審査員は全員笑ってたな。今更だけど、人を笑わせるのって、めちゃくちゃ気持ちいいものなんだな」


「でも、浮かれるのも今のうちだけだぞ。本選には全国の予選を勝ち抜いた猛者たちが集まるんだからな」


「ああ。しかも今度は、俺一人で行くんだもんな。本選の内容も当日まで教えてくれないみたいだし、不安で仕方ないよ」


「今からそんな弱気でどうするんだよ。そんなんじゃ、やる前から結果は見えてるぞ。本選の内容は俺が予想してやるから、当日までその予想を基に稽古しようぜ」


「ああ、分かった」


 翌日、俺たちは放課後の教室で、竜也が立てた予想を基に稽古することになった。

 その予想とは、ジャンルを問わず様々な画像を参加者に見せて、その都度的確なツッコミを入れさせるというものだった。


「面白い回答をするのはもちろんだが、時間も大事だぞ。あまり時間を掛け過ぎると、間延びして笑いが半減するからな」


「それは分かるけど、いろんなジャンルの画像を見て、瞬時に面白いツッコミを入れるなんて、難しくないか?」


「だから、少しでもそれができるように今から訓練するんだよ。昨日、いろんな画像をピックアップしてきたから、早速始めるぞ」


 そう言うと、竜也はスマホの画面を俺に向け、屋根に風船を乗せながら走っている車の画像を見せてきた。


「……えーと、『この風船、バランス力が良すぎるだろ』かな」


「遅い! 回答はまずまずだが、いかんせん遅すぎる。それと、最後の『かな』は余計だ。今後一切使うなよ。じゃあ、次はこれだ」


 竜也は俺に強烈なダメ出しをするやいなや、今度は首輪をした猫が散歩している画像を見せてきた。

 俺はさっき竜也に言われたことを踏まえ、大して考えもせず瞬時に回答した。


「首輪って、普通犬がするものだろ」

 

「全然面白くない! 速ければいいってもんじゃないんだよ。そこに面白さが無ければ、なんの意味もないんだ」


 俺はまたしてもダメ出しを受けてしまった。

 その後も竜也は、「お前、やる気あるのか!」とか「遅いうえに面白くない!」とか、とても相方とは思えない程の罵声を浴びせてきた。

 正直、なんで俺のためにここまでやってくれるんだろうと思ったけど、それを訊くことができない空気を竜也は自ら作り出していた。

 俺はその雰囲気に耐えながら、なんとかその日は乗り切った。


 翌日も稽古という名の特訓は続き、俺は何度も挫けそうになりながらも、本選までの二週間なんとか耐え抜いた。


 

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