第13話 涙の告白

 東京駅でおみやげと弁当を買い新幹線に乗り込むと、俺はすぐに竜也へメッセージを送った。


『オーディション、なんとか合格できたよ』


『マジかっ! さっきは自信ないってメッセージ残してたくせに、結局合格したんかい!』


『最初、相手のボケの意味が分からなくて間延びしてしまったから、合格は厳しいかなって思ってたんだ」


『でも、結果的には合格できたんだよな? じゃあ早速、プロになった感想を聞かせてくれよ。スーパーマン』


『スーパーマンはやめろって。でも俺は今日、ある意味スーパーマン級の活躍をしたと言えるかもな』


『どういう事?』


『前半のミスに臆することなく、中盤から後半にかけては相手のボケに瞬時に的確なツッコミを入れることができて、最後は会心のノリツッコミを決めてやったからな』


『なるほど。もしかしたら、そのノリツッコミが合格の決め手になったのかもな。でも、大変なのはこれからだぞ。この厳しいお笑いの世界を生き抜いていくには、お前はまだまだ力不足だからな。明日からツッコミのバリエーションを増やすために、俺がいろんな角度からボケてやるから、お前はその都度的確なツッコミを入れてくれ。そうやって腕を磨いておけば、プロとして不安なくスタートできるだろ?』


 俺がこのオーディションに合格したことで、卒業後に大阪のお笑い養成所に一緒に行くことができなくなったというのに、竜也はそれを責めるどころか逆に応援さえしてくれている。

 前から疑問に思っていたことだが、幼なじみだからという理由だけでは説明できない優しさが竜也にはある。

 今まで聞きそびれてきたが、今回ばかりはその理由を訊かなければならない。

 俺は『渡したいものがあるから』というメッセージを送り、竜也と近所の公園で待ち合わせをすることにした。



 やがて地元駅に着くと、俺はすぐに公園に向かった。

 商店街を抜け、川沿いの道を歩いていると、前方に街灯が一つしかない薄暗い公園が見えてきた。

 公園のフェンス越しに竜也の姿を確認すると、俺は居ても立っても居られず、気が付いたら駆け出していた。


「やあ、待たせたな」


「別に大して待ってねえよ。それより、渡したいものってなんだよ」


「ああ。おみやげを買ってきたから、それを渡そうと思ってな」


 そう言ってみやげ袋を渡すと、竜也は中を覗き込みながら「出たー! 東京みやげのど定番、東京〇な奈!」と、茶化すように言った。


「おいっ、そんな大きい声出すなよ。近所迷惑だろ」


「悪い、悪い。お前があまりにも、ど直球のおみやげをくれるもんだから、つい興奮しちゃってさ」


「ど直球で悪かったな。他に何も思い浮かばなかったんだから、仕方ないだろ」


「で、用件はこれで終わりか? だったらもう帰るぞ」


「いや。これはお前を呼び出すための口実で、本来の目的は別にあるんだ」


「どういう事?」


「実は前からずっと疑問に思ってたことがあってさ。それを今からお前にぶつけていこうと思うんだけど」


「なんだよ、急に改まって。俺はお前にそう思われるようなことをした覚えはないぞ」


「それを今から一つ一つ説明するから、とりあえず聞いてくれよ。まず最初は、俺たちが小学三年生の時だ。俺が少年野球のチームに入ろうって誘ったら、お前大好きなサッカーをやめて、俺と一緒に野球チームに入ってくれたよな? その後、俺が監督にピッチャーに指名された時も、お前は監督に志願してキャッチャーになり、俺をサポートしてくれたよな? 去年、俺が肩を壊して野球を断念した時も、お前は自らも野球部を退部して、お笑いの道へ誘ってくれたよな? そして今回、俺がオーディションに合格したことで、卒業後に一緒に大阪のお笑い養成所に行くことはできなくなったのに、お前はそれを責めるどころか逆に応援さえしてくれたよな? あと、さくらのこともそうだよ。自分だってさくらのことが好きなくせに、俺たちが恋人になれるよういろいろと画策してくれたよな? 俺、今まで聞けなかったけど、ずっと疑問に思ってたんだよ。なんでお前はそんなに優しいんだ?」


 竜也はまさかこんなことを訊かれるとは思っていなかったという表情で、しばらく考え込んでいたが、やがて観念したように口を開いた。


「幼なじみだからという理由じゃダメか?」


「そういう言い方をするってことは、本当は違うんだろ?」


「ほんと、お前にはかなわねえな。できることなら、墓場まで持っていきたかったんだけど、ここまでくるとそうも言ってられねえな。あれは俺たちが小学二年の時だったから、ちょうど十年前になるのか。親が離婚したせいで名字が変わって、それが基で周りからいじめられていた時、お前だけは俺の味方になってくれて、体を張って守ってくれたよな? あれ憶えてるか?」


「ああ。もちろん憶えてるさ」


「俺、その時に決めたんだよ。今後お前に何かあった時は、俺が助けるって。だから、お前が野球チームに入りたいって言った時も、俺は喜んで誘いを受けたし、お前がピッチャーに指名された時も、少しでもお前のサポートができるようにとキャッチャーを志願した。……お前が肩を壊して野球を断念した時も、俺はお前に一刻も早く立ち直ってもらいたくて、お笑いの道へ誘ったんだ。……今回お前がオーディションに合格したことで、卒業したらもう助けてやることはできなくなるけど、それまでは俺を頼りにしていいぞ……」


 竜也は途中から涙声になり、最後は嗚咽しながら精いっぱい声を絞り出していた。   

 その姿を観て、俺も涙が止まらなくなった。


「なんでお前が泣いてんだよ」


「俺は泣いていない。お前が泣くから、つられて涙が出ただけだ」


「それ、こっちのセリフなんだけど」


「ふざけるな! どう見ても、お前の方が先に泣いただろ!」


「いや。お前の方が五秒早かった」


「違う! お前の方が一秒早かった!」


「ていうか、それほぼ同時じゃん」


「だな」


 こんな時にも冗談の言い合える俺たちは、本当に相性が抜群なんだと思う。


「俺、大阪で新しい相方見つけるよ」


「ああ。俺はとりあえずピン芸人として頑張るよ」


「大阪で顔を売った後すぐに東京に進出するから、楽しみに待ってろよ」


「ああ。その時は良きライバルとして、喜んで迎え入れてやるよ」


 秋の夜風が吹き渡る中、俺たちは互いに白い息を吐き出しながら、心ゆくまで将来像について語り合った。






 



    


 

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