第11話 東京決戦!

 本選前夜、慣れないホテルのベッドと緊張のせいで中々寝付けないでいると、竜也から連絡があった。


「どうだ、東京の夜を満喫してるか?」


「そんな余裕あるわけないだろ! 本選は明日なんだぞ」


「冗談で言ってるんだから、そんなに怒らなくてもいいだろ。まあ、お前がナーバスな気持ちになるのも分かるよ。どうせ、明日のこと考えて寝付けないんだろ? 今からお前がぐっすり眠れるようにおまじないをかけてやるから、よく聴いとけ。じゃあ、いくぞ。ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい、明日お前は、他の参加者の顔がみんな野菜に見えるー」


「……えーと、何それ?」


「あのなあ、相方が恥を忍んでリラックスさせてやってるのに、その返しはないだろ」


「恥ずかしい気持ちはあるんだな」


「ぐっ……お前こういうツッコミをさせたら、ほんと天下一品だな」


「お前にいつも鍛えられてるからな。でも、今ので大分リラックスできたよ。もう少しで寝れそうだから、今度はさっきとは別のおまじないをかけてくれよ」


「お前も欲しがるねえ。じゃあ、とっておきのものをかけてやるから、よく聴いとけ

よ。ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい、明日一日だけ、お前はスーパーマンになれるー」 



 竜也のおまじないが効いたのか、あれからすぐに眠りについた俺は、清々しい気分で決戦の朝を迎えていた。


「よし、一丁やったるか!」


 俺は自らに気合を入れ、早目にホテルを出て本選の行われる会場へ向かった。

 スマホの地図アプリを頼りに歩いていると、途中で割と大きめの公園に差し掛かった。

 そこには老若男女問わず散歩やジョギングをしている人たち、通勤通学途中の会社員や学生たち、ゲートボールやグラウンドゴルフに勤しむ老人たちがいて、俺の住んでいる町となんら変わりはなかった。

 そのまま公園を抜け、地図が示している場所の付近まで来ると、前方にスマホの画像と同じ建物が立っているのが目に入った。


「でかっ! こんな大きな所でやるのかよ!」


 俺は驚きのあまり、周りの人たちが引くような大声を出してしまった。

 さっきまでは東京も大したことないなと思っていたのに、これじゃ完全に田舎者丸出しだ。

 俺は周りの視線に耐え切れず、逃げるように会場に入った。


「オーディション参加者の方ですね。それではこちらに必要事項を記入してください」


 受付で簡単な手続きを済ませると、俺はそのまま控室に案内された。

 時間もまだ早いし、どうせまだ誰も来ていないだろと思いながらドアを開けると、そこには三人の男性が待機していた。

 彼等は皆スマホを手にしていたが、ドアを開けた瞬間、彼等の視線は一斉に俺へと向けられた。

 彼等は俺が席に着くまでの間、まるで猛獣が獲物を見るかのような鋭い目で睨んできた。

 昨日竜也は、参加者の顔がみんな野菜に見えるなんて言ってたけど、俺にはライオンかトラにしか見えない。

 その後、俺は他の参加者が揃うまで、ひたすらいろんなジャンルの画像を見ながら、心の中でツッコミを入れていた。


 やがて総勢二十八名が集まると、スタッフの後について全員で舞台下へ移動し、舞台上に立っている年配の男性に注目した。


「皆様、おはようございます。私はこの『全日本ツッコミコンテスト』というオーディションを主催している武田事務所社長の武田英雄です。今の時代どんなバラエティ番組においても、ツッコミ役というポジションは必要になり、そのような人材を見つけ出すのが、このオーディションを開催した主たる目的であります。皆様は地方予選を勝ち抜いてここに来ているので、既にツッコミの技術は優秀だと思います。ここを更に勝ち抜くには、自分の実力プラス運が必要となりますが、果たして誰がその運を導くことができるのか、じっくり拝見させてもらおうと思います。それでは次に、オーディションのルールについて簡単に説明します。皆様はまず、こちらであてがったそれぞれのボケ役とともに、三分間漫才をしてもらいます。台本は一切ありません。皆様はボケ役が放ったボケに、瞬時にツッコミを入れてください。最初は戸惑うかもしれませんが、やっていくうちに段々と相手の特徴が分かってきて、ボケが予想できるようになると思います。それでは皆様、ご健闘を祈ります」


 社長のルール説明が終わるやいなや、参加者たちは一斉にザワつき始めた。


「台本のない漫才なんて、できるわけないだろ」

「たった三分で、相手の特徴なんてつかめねえよ」

「そもそも、初対面の人間のボケを予想しろなんて、無理な話だよな」


(竜也の予想は外れたけど、これはこれで面白そうだな。やっぱり、ツッコミ力を見るには、漫才が最適だし)


 参加者たちが皆不満を口にする中、俺は得意の漫才で合格者が決まることを聞いて、少しホッとした。


「それでは、只今からオーディションを始めますので、ゼッケン番号1番の大田さんは舞台へ上がってください」


 トップバッターの大田さんが舞台上に移動している間ふと周りを見ると、優に一万人は入りそうな会場の中で、観客席には俺たちオーディション参加者しかいないという、ある種異様な光景が広がっていた。

 もしかすると、わざわざこんな広い会場を用意したのは、この先お前たちの力でこの会場を満席にしてみろという、主催者側のメッセージかもしれない。

 そんなことを考えていると、舞台袖からいきなり五十歳くらいのおじさんが出てきて、挨拶もそこそこに漫才が始まった。

 二十代半ばくらいに見える大田さんはトップバッターのプレッシャーからか、そのおじさんとまったく息が合わず、見る見る顔が赤くなっていった。

 大田さんには悪いけど、なんかその顔が段々トマトに見えてきた。


 その後に登場した大根やゴボウたちもトマト同様スベり倒し、未だ誰もまともに漫才ができていない中、いよいよ俺に出番が回って来た。


「それではゼッケン番号7番の中道さん、舞台にお上がりください」


 俺は勢いよく立ち上がり、心の中で(今日一日俺はスーパーマンだ)と言い聞かせながら、舞台へと駆け上った。

 

 




 

 

 



  

 


 

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