ベストフレンズ
丸子稔
第1話 再起不能
梅雨が明け暑さが本格的になってきた七月下旬、市内で一番設備の整った球場で現在、全国高校野球大会地方予選の決勝戦が行われている。
その中で俺は四十度以上はあろうかと思われるマウンド上で、一週間程前から続く肩の痛みに耐えながら、打者に向かって懸命に投げていた。
試合は九回裏まで進んでおり、スコアは二対一で俺たちのチームがリードしている。
(この回を抑えれば、幼い頃からの夢だった甲子園に行ける。チームのためにも、なんとか最後まで投げ切るぞ)
俺は暑さと肩の痛みで頭が
すると──。
「ぐわっ!」
今まで感じていたものとは比べ物にならない程の強烈な右肩の痛みに襲われ、俺はその場にへたり込んだ。
「
すぐにキャッチャーの
「とりあえず、ベンチに下がろう」
竜也はなんら
「あと一回だったのに……ごめん」
「そんなのはいいから、お前は自分の体のことだけを考えろ」
観客がざわめく中、そのままベンチまで運ばれると、監督が「
「……はい。実は、一週間くらい前から違和感があったんですけど、それが徐々に蓄積されて、今爆発した感じです」
「バカ野郎! それなら、なんでもっと早く言わなかったんだ!」
ベンチ中に響き渡る監督の怒声に
「お前の気持ちも分からなくはないが、それでもし肩を壊したらどうするんだ?」
「甲子園に行けるのなら、それでもいいと思ってました」
「いいわけないだろ! お前はまだ高校生なんだぞ!」
「監督! もうやめてください! 中道君は小さい頃から甲子園に行くのが夢だったんです!」
監督に叱咤されている俺を見ていられなかったのか、突然マネージャーの新庄さくらが俺たちの間に割って入った。
「止めるな、新庄。こいつは事の重大さがまるで分かってないから、それを教えてやる必要があるんだ」
「その前に中道君を病院に連れていってください! もしかしたら、肩を骨折してるかもしれないじゃないですか!」
昂るさくらの姿を見て、監督は我に返ったように、「おい! 誰か救急車を呼べ!」と、誰となく叫んだ。
俺はこの試合だけはどうしても最後まで見届けたかったので、その旨を伝えたが、監督はまったく聞く耳を持ってくれず、結局俺はチームメイトの二人に体を支えられながらベンチ裏に引き上げる羽目になった。
程なくして救急車が到着すると、二人の救急隊員に担架で車まで運ばれ、そのまま近くの病院に向かった。
その間、俺は時間を追うごとに激しさが増す肩の痛みに、たとえ優勝しても甲子園では投げられないだろうなと覚悟していた。
やがて病院に到着すると、俺は担架に乗せられたまま外科病棟に運ばれ、すぐに医師の診断を受けた。
「これは酷い。なんでこんなになるまで放っといたんだ?」
「僕が途中で抜けると、優勝できないと思って……」
「まあ君の気持ちも分からんではないが、それで肩を壊してたんじゃ元も子もないだろ」
「……あのう、僕の怪我ってそんなに酷いんですか?」
「ああ。ここまで酷いと、とても元のようには戻らない。残念だが、野球はもうあきらめるんだな」
「…………」
さっきまでは、甲子園に行けるなら、この先野球ができなくなっても構わないと思ってたけど、実際に医師からそれを宣告されると、あまりの衝撃に俺は言葉を失ってしまった。
その後、俺は手術を受け、一ヶ月程入院することになった。
手術を受けた翌日、竜也とさくらが見舞いに来てくれた。
二人とは小二の頃からの付き合いで、共に気心の知れた仲だった。
「さっき医者から聞いたよ。俺、お前に何て言っていいか……」
竜也は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「怪我をしたのは俺なのに、なんでお前がそんな顔してんだよ。それより、昨日あれからどうなった?」
「ああ。あの後、佐久間さんがリリーフしたんだけど、ストライクが全然入らなくてさ。三連続フォアボールで満塁にした後、代わった岡本が次の打者にホームラン打たれて、あっけなくサヨナラ負けさ」
「……そうか。まあ、俺があんな形で降板したから、佐久間さんも動揺したんだろうな」
「そうかもな」
その後、誰も話そうとせず、周りが重い空気に包まれる中、さくらが「ねえ、高志が退院したら、三人でどこか遊びに行こうよ」と、明るい声で提案してきた。
「どこかって?」
「夏だから、海とかいいんじゃない?」
「バーカ。高志が退院する頃には、海はクラゲだらけになってて泳げねえよ」
「バカはそっちでしょ! この前の期末で英語赤点取ったくせに」
「俺は一生外国になんか行かないから、英語なんて勉強しなくていいんだよ!」
さっきまで静かだったのがまるで嘘のように、二人はくだらないことで激しく言い合っている。
「どうでもいいけど、秋季大会に向けて練習しなくちゃいけないんじゃないのか?」
「まあそうだけど、一日くらいなら大丈夫だろ」
「そうよ。高志はそんな心配しなくていいのよ」
「そうか。じゃあ、あまり期待しないで待ってるよ」
俺がそう言うと、二人は共に安堵の表情を浮かべながら、病室を出ていった。
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