佳純のホラー2作目「人を呪わば穴二つ」

 これは今より少し昔の話だ。

 とある山村のはずれに三人の親子が住んでいた。父はいない。数年前に病に倒れ帰らぬ人となった。それからは母の弥生やよいと今年十三になる息子の弥彦やひこ、十歳の娘のはなとで暮らしていた。

 

 ある日、いつも芝を拾いに行く山に一人の男が倒れていた。三人は駆け寄り声を掛けるが返事が無い。

「死んでるの?」

 花が言う。すると倒れていた男が少し呻いた。思わず花は後ずさる。

「おじさん、おじさん、大丈夫かい?」

 弥彦が母と妹を庇うように前に出て、男の顔を覗き込む。

「う……。水……、水を貰えないかね?」

 男は呻くような声でそう言った。弥彦は男の頭を抱えて起こし、腰に下げた水入れの水を飲ませてやる。


 何とか歩けるようになった男に弥彦が肩を貸し、家まで連れ帰った。親子に介抱され元気を取り戻した男は、恩返しだと言って家のあちこちを修理したり、薪を割ったり、水を運んだりととてもよく働いた。

 亡くなった父親と同じくらいの年齢だった事もあり、花はすぐになついた。弥彦も道具の作り方やら薪割のコツなどを習ううちに、男の事を父のように慕い始めていた。弥生もいつしか家族として受け入れ、元々の家族のように暮らすようになった。


 父が居た頃のような幸せな毎日が戻って来た。三人がそう思い始めた頃だ。弥生が夢にうなされるようになった。

「どんな夢を見たの?」

 誰が聞いても弥生は笑ってごまかす。

「夢だからね。目が覚めたら忘れちゃうのよ」

 だが、段々やつれてゆく母を見かねた弥彦が母と二人のときを見計らって問い詰めた。

 「お父さんにも花にも言ってはダメよ」

 そう言って話し出した夢の内容はこうだ。

 

 ——恐ろしい大蛇が地響きのような声で『儂はあの山の神だ。あの男は儂への供物、いけにえであったのにお前たちが奪った。おかげで儂は腹ペコでどうにもならん。だがあの男は不味そうだからもういらん。かわりに娘の花を差し出せ』と言う。断ると、赤く光った目で睨みつけ『では近いうちにこちらから出向いて四人とも喰らってやるから覚悟しておけ』そう言ってズルリズルリと近づいて来るのだ。そして日ごとに山を下りこの家に近づいているのだと——


 それを聞いた弥彦は山の神と話をつけるために一人で山へ出向き、そのまま帰る事は無かった。

 嘆き悲しんだ弥生も、それでも花だけは守ろうとやはり一人で山へ出向き戻らない。


 とうとう家には男と花だけが残された。

「さて、ようやく邪魔な二人が居なくなった。これでゆっくりお前を喰らえる」

 男が正体を現して、花を柱に縛り付けた。

「安心するがいい。直ぐには殺さないよ。殺してしまっては全部食べないうちに腐っちまうからな。殺さぬように用心しながら少しづつ頂くさ」

 恐ろしさのあまり気を失いかけながらも、これだけはと問うてみる。

「お兄ちゃんやお母さんは? 何処にやったの?」

「ああ、奴らか……。一応食ってみたが大人や男はダメだ。不味くて喰えたもんじゃない。柔らかいとこだけ喰って、後は獣にくれてやったよ」

 花は怒りと悲しみと恐怖で気が狂いそうだ。男は台所で包丁を研いでいる。

 包丁を研ぐ音が止み、男がニタニタ笑いながら包丁を手に近づいて来る。


 花が気を失いかけた時、男に纏わりつく影が二つ。弥生と弥彦が亡者となって男の体を影の中に引きずり込もうとしているのだ。

〘ヤマノカミヲ カタル ゲドウメ〙

〘ワレラトトモニ ジゴクニ コイ〙

 男は下半身を影の中に引き込まれながら必死に包丁を振り回すが叶わぬ。断末魔の叫びを残し禍々しい影の中に消えて行った。


 命拾いをした花であったが、それを喜ぶ心は持てず、亡者が解いていった縄を投げ捨てそのまま井戸に飛び込んだ。母と兄の名を叫びながら。

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