第4話 桜木一葉
店を出た佳純は自宅に向かって歩き出したものの、このまま帰る気にはなれなかった。今すぐにでも太一と紗英に本当の事を聞きたいと思っていた。
思案の末、スマホを手に取る。紗英にメッセージを送ろうとしたその時、着信音が鳴った。その紗英からだ。
「佳純。本当にごめんなさい。ちゃんと話したいの。今から会える?」
——紗英は佳純と会う約束をして電話を切った。
陽介と太一も一緒にいる。全ての事情を話して佳純に謝るつもりだ。
あの小説、佳純の短編ホラーを読んだ時、紗英は佳純を疑った。
世間に知らされていない筈の事件の内容がいくつも書かれていたからだ。もちろん、正直者で純粋な佳純が悪意を持って事件に関与したとは思わなかったが、その純粋さに付け込まれ誰かに利用されている可能性を疑ったのだ。そう・・・・例えば、有起哉に。
利用されているだけならともかく、最悪の場合、佳純自身にも危険が及ぶ可能性がある。それを考えると少々乱暴な手段を使わざるを得なかった。
そもそも、紗英がこの殺人事件に係わる事になったのは一通のメールがきっかけだった。
今から半年ほど前の事である。
——おねがい ふうちゃんをさがして
そんなタイトルのメールが紗英のパソコンに届いた。
差出人のアドレスに見覚えは無かったが本文として『さくらの葉っぱ』とだけ書かれていた。その名前『さくらの葉っぱ』に紗英は覚えがあったのだ。
それは、数年前までネットの交流サイトを通じて付き合いのあった人物のハンドルネームだった。実際に会ったことはなかったから女性なのか男性なのかもはっきりとは判らない。居住地も年齢も知らない。ただイラスト好きが集まるサイトで気が合い、互いに書いたイラストを交換したりしていた。
保育園勤めの紗英はたまに手製の絵本を保育園に持っていく。オリジナルの絵本は子供たちに大人気だ。
一度、佳純が書いた物語に『さくらの葉っぱ』と紗英が絵を描いて一冊の絵本を作り上げた事もあった。オリジナル絵本の中でもこの一冊は別格で、今でも園児達に一番人気を誇っている。
『さくらの葉っぱ』は、そういった縁のある人物なのだ。だが二年ほど前からぷっつりと連絡が途絶え、気にはなっていた。ただ、ちょうどその頃、紗英もまた結婚したり引っ越したりで生活のリズムが変わり、何となくそのサイトからは遠ざかってしまっていたのだった。
その『さくらの葉っぱ』からの唐突なメールであった。
紗英は子供の時から霊感というか、異質な気配に敏感だった。そういう人たちによくあるように、紗英も小さい頃は気味悪がられ、少し判断力がついてからは何も見えず感じずを演じて来た。だが、隠すほどにその能力は大きくなっていくように思えた。
そんな紗英だから当然、このメールの異質さにもすぐに気がついた。気はついたのだが何故かスルー出来なかった。いつもなら、こういうものは見なかったことにしてやり過ごす。異質なものからの影響を避けるにはそれが一番良い方法だと経験から学んでいたのに。
「さくらの葉っぱさん、お久しぶりです。ふうちゃんとは誰の事ですか?」
とりあえずそんなメールを返したが、返信はない。
紗英のアンテナは『さくらの葉っぱ』がこの世とは隔たりのある場所にいると告げている。
関わってはいけない。そう思うのだがどうしても放っておけなかった。
或いは霊障を受けているだけかもしれない。それなら助ける手立てが有るかもしれない。そう思ってしまった。
とにかく何かしらの情報が欲しい。
例のイラスト好きの集まるサイトはまだあるのだろうか? まだあるのならば当時の知り合いが誰か残っているかもしれない。
紗英はそんな思いで久しぶりにそのサイトを訪れた。
幸い、何人か当時仲良くしていた人たちが残っていてくれた。中には『さくらの葉っぱ』さんと懇意にしていた、という人も何人かいた。
そして知ったのだ。ハンドルネーム『さくらの葉っぱ』が既に亡くなっていたことを。
衝撃的な事件の被害者になってしまったとの事で、当時はこのサイトでも控えめにだが話題になったらしい。ただ、本名をサイトで明かすわけにはいかないからと名前は教えてもらえなかった。
紗英は、いくつかのヒントをキーワードに検索をかけ、おそらくこれだろうという事件を見つけた。
被害者の名は『
そこまで辿り着くと、事件の詳細は簡単に判った。
被害者である
一葉は死亡当時21歳の女性。生きていれば23、4という事になる。
『ふうちゃん』というのは、この妹の二葉の事だろうか? と思わなくもないが、はっきりとそうだと言える材料はまだない。
姉妹は一葉が亡くなる数か月前、
大手運送会社のトラック同士の衝突に巻き込まれた貰い事故である。
一葉と二葉はこの時の補償や保険金などで相当な大金を受け取っているのだが、一葉の死亡が確認された時点で、どの口座にも僅かな金額しか残っていなかったらしい。
犯行動機の可能性として怨恨、近親間のトラブル、金銭トラブル等が挙げられている。
住まいは北海道の比較的大きな都市。
亡くなった両親は住まいの近くで定食屋を営み繁盛していたらしい。
一葉の遺体が発見されたのは一昨年8月、自宅ではなく、この定食屋だった。
両親の死後、店は閉めたが店内設備はそのままにされていた。ちょっとした仮眠室や休憩室に加えシャワールームもあり、住まいとしても十分使えるようになっていたようだ。
両親の死後、原因までは判らないが姉妹間で
そういった事情が事件の発覚を遅らせたのかもしれない。
更に遺体は切断され店内の大型冷凍庫に入れられていたとあるから尚更だ。
犯人については現在も捜査中とされているが、ネット上では妹の二葉、一葉の恋人A氏、叔父のB氏などの存在が取りざたされていた。
事件に関する記事を読み漁った結果、紗英には不可解な事が二つあった。
まず、死亡推定時期は発覚から二か月以上前。にもかかわらず、一葉は近所で事件発覚の数日前まで目撃されている。
双子だからと妹のなりすましが疑われ、それが妹犯人説の根拠になっているのだが、近しい人間が間違いなく姉の一葉と数日前まで逢っていた、絶対に妹のなりすましなどではないと証言しているそうだ。
そして二点目。
遺体は大型の冷凍庫で冷凍されていたとなっているが、事件が発覚したのは近所からの異臭の通報がきっかけだ。
電気が止められていたのなら異臭騒ぎになったのも解るが、そうではないらしい。ではなぜ、冷凍されていたにも関わらず異臭騒ぎになったのか?
あくまでも噂だが、遺体は冷凍庫から出され休憩室の畳の上に並べられていたというのだ。それが本当なのかデマなのか、本当なら誰が何のためにそんなことをしたのだろう?
一葉についてある程度情報を拾い集めると、紗英は今度はどうしても北海道のその地へ行かねばならぬような気持になった。一葉に呼ばれているのかもしれない。行っては駄目だとは思うのだが、抗えない何かが心に生まれてしまっている。
北海道行きを決意した紗英は、ここで初めて太一に相談した。
紗英に霊感らしきものがある事、一葉との縁、事件の概要などを洗いざらい話すと太一は言った。
「じゃあ、僕も一緒に行くよ。陽介も誘えば問題ないだろ?」
陽介というのは紗英の夫だが、もともとは太一の友人だ。二人は太一を介して出会い結婚に至った訳で、太一は言わばまあキューピットだった。
陽介はスマホアプリを開発する会社を経営している。ただし稼ぎも立場も『社長』という感じでは全くない。従業員十人足らずの小さな会社で、大手の下請けを細々とやっている。それでも、仕事は楽しくて仕方がないらしい。
「陽介は多分、リモートで仕事するから大丈夫だけど、太一、仕事は?」
「ちょうど上司から有給消化を厳命されてたとこ。だから渡りに船だよ」
「ほんとぉ?」
太一は実家の寺は継がず、地元の役所で公務員をやっている。働き方改革を率先して進めなければならない部署にいるとかで、まずは自分たちが有給を取らねばならぬそうだ。
結局、そんな三人で二泊三日、往復飛行機での北海道旅行になった。時は5月、GW明けの落ち着いた旅行日和ではあった。
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