第5話 太一の正体①

「おっ『雪の太一』? おい太一、お前用の土産があるぞ」

 千歳空港に着いてすぐ陽介ようすけが土産物に目を留めて太一たいちをからかった。

「『雪の大地』だろ? 有起哉ゆきやんとこのだよ」

 太一は笑って答える。

「有起哉? 有起哉って紗英さえがいつも言ってる嫌な感じのヤツ?」

「そうよ。その有起哉の実家の洋菓子会社の製品よ、それ。有起哉は嫌なヤツだけど、そのお菓子は美味しいわ。お土産に買って帰るつもりよ私」

「へぇ。じゃあなかなかのお坊ちゃんじゃないか。ここ、結構な大会社だろ?」

「そうなんだけど、有起哉自身は実家は居心地が悪いとかって言って長い間帰ってないみたいよ。そのせいかもだけど、どんどん嫌味な感じになって来て。学生の頃はそうでもなかったんだけどね」

「今は? 何やってるんだっけ有起哉」

 太一が尋ねると紗英は首を傾げる。

「さあ? 何年か前に陶芸やってるって言ってたような気がするけど。去年の製本の時もそんな話は出なかったし、今は何やってるんだか」

 社会人になって皆それぞれ忙しくなったせいか、程よい距離感が心地良いのか、紗英達六人も学生時代のようなベッタリの関係ではなくなっている。だからと言って疎遠という訳でもなく共有フォルダーを介して交流もあるし、必要に応じてメッセージも交わす。会えば昔のように遠慮のない会話もできるがプライベートには必要以上に関わらない。友達、というより仲間と呼ぶのがしっくりくる、今はそんな関係に落ち着いている。


「レンタカー、どこだっけ?」

 陽介がスマホの地図を見ながら尋ねる。

「あ、こっち、この青いマークのとこ。のんびりしてたら予約時間ギリギリになっちゃったね。急ぎましょ、あっちよ」

 そう言って指差す紗英に従って歩き出した陽介だが、ふと太一を見て言った。

「太一、荷物多くないか?」

 急がねばならぬとなって、改めて太一を見ると紗英の倍ほどの荷物を持っている。陽介は紗英の半分ほどだから、太一の荷物は四倍という事になる。

「旅行なんて久しぶりだからさ、上手くまとまらなくて。でも大丈夫。僕は力には自信がある!」

 そう言って太一は陽介と紗英を笑わせて宣言通り荷物をモノともせず歩き出した。


「本当は直ぐにでも事件のあった場所に行きたいんだけど」

 レンタカーに乗り込むなりそう言う紗英に太一も陽介も口を揃えて言う。

「今日のところは温泉でのんびりしよう。明日一日あるんだからさ」

 と。


 怪異の絡む話だというのにと旅行を楽しむ太一を見て紗英は思う。やはり太一に霊能はないのだろうな、と。でも実家がお寺だからか他の人のように紗英の霊能を疑う事はしない。霊的なものの存在自体は受け入れているように思えた。

 一方、夫の陽介はもともと霊感的なものは皆無だし、霊や怪異の話は面白がってはいるが何かしら科学的な理由付けを楽しんでいるだけに見えた。そういう時、紗英は自分を否定されているような淋しさを感じる。それが嫌で、いつの間にか陽介には極力そういう話はしないようになっていた。

 ただ、今回の旅行については事情を話さない訳にはいかなかったから、きちんと説明はした。案の定、陽介はこの殺人事件の謎に強く引かれたようで興味津々、前のめりで旅行に賛成したのだ。


 結局、この日は宿のある町に直行し周辺の観光を楽しみご当地グルメなども味わい、晩は晩で宿で食事と酒を堪能し、まったりと湯につかり、全くもって緊張感のない癒しのお手本のような休暇を過ごした。

 

 翌朝は目的地までの距離を考え、少し早めに宿を出る。昨日は太一が運転したから今朝は陽介の運転だ。

「まずは事件のあった場所ね」

 車の助手席に乗り込むと紗英は早速ナビを設定する。この宿からは車で一時間半ほどの距離だ。


「ここ、この事件のあった場所ってがっつり有起哉の地元なんだよな」

 後部座席に一人で座った太一がポツリと呟いた。

「え? そうなの? でも会社の場所って」

「会社はちょっと離れてるけど自宅はこの街なんだよ。しかも事件当時、有起哉はこっちに帰ってたんだよな」

「そうなの? こっちにはずっと帰ってないんだと思ってたわ、私」

「紗英、昨日言ってただろ? 有起哉、一時陶芸やってたって。それ、こっちでやってたみたいでさ、まあ、でも実家とは別の場所に住んでたみたいだけど」

「なんだ太一、ちゃんと下調べしてるんじゃないか。俺、てっきり太一は観光メインだと思ってたよ」

「もちろん観光も楽しむけどさ。今回は一応用心棒だからな」

「用心棒って。ふふふ、お寺は継がなかったのに頼りにしても大丈夫なの?」

 と笑いながら紗英が聞く。

「寺を継ぐのは僧侶の修行をしてる弟だけど、僕は除霊師だからね。バイトだけど」

「え? そうなの? それは知らなかったわ」

「紗英、あまりアテにしたら駄目だよ。太一はバイトだからな」

「除霊のバイトって・・・・。本当に除霊とか出来るの?」

「たまにね、爺ちゃんのお供というか助手やるんだよ。爺ちゃんもお寺の仕事よりそっちの方が忙しかったりするからね」

「太一のお爺さんて偉いお坊さんだと思ってたけど、本業は除霊師だったの?」

「いや、いや、まさか。本業はお寺の住職だよ。ただ時々頼まれてそういう仕事に出かけることもあるってだけ」

 では太一にも霊感があるという事なのだろうか? それならもっと早く相談すれば良かったと紗英は思う。しかし、だとすれば太一のこの余裕は何だろう? 霊感がないからこその余裕だと思っていたがそうでないとすれば、もしかしたら結構頼りになる存在なのかもしれない。そう考えた紗英は試しに問いかけてみる。

「除霊って私にも出来る?」

 その問いに太一はボソッと、しかし珍しく真剣な声で答えた。

「やめておいた方がいい。霊の力量を見誤ると持ってかれる」

「怖っ。紗英、除霊は太一に任せておこう」

 陽介が少し茶化しながら言うと、太一も笑ってお爺さんの口調を真似て言った。

「そうそう。この用心棒に任せておきなされ」



 目的地付近まで来ると、太一はちょっと車を停めてほしいと言う。

「あまり目立ちたくないんだ」

 そう言って一見、内装工事業者風の作業着を三人分、カバンから取り出した。

「これに着替えてほしい。これなら多少の違和感はあっても通報されるような事は無いと思うし。一応、霊障へのバリアも施してある優れものだから」

 太一は更に、除霊の際には出来るだけ目立ちたくないという家主の意向で、こういうカモフラージュをする事も珍しくないのだと説明を加えた。

「そういうことか。太一の大荷物はこれのせいか」

 陽介は面白そうに言う。だが紗英は腑に落ちない。

「どういう事? 私は様子を見るだけのつもりだったんだけど、もしかしてお店の中まで入るつもり?」

「うん。今はあまり詳しく話してる時間は無いんだけど後で必ず全て説明する」

「でも、お店の中にはさすがに入れないでしょう? 不法侵入になりかねないし、第一、鍵だって掛かってるでしょう?」

 そう言う紗英の目の前に太一は鍵を差し出した。

「え? どういう事?」

「爺ちゃんから預かって来た。ごめん。実は僕、事件発覚の直ぐ後に一度除霊に来てるんだよ。爺ちゃんと一緒に」


 太一の話によると、この事件発覚のあと一葉ひとは二葉ふたばの叔父にあたる人物から寺に依頼があったそうだ。あの建物のお祓いをしてほしいと。

「爺ちゃんは、とは、はっきり言わなかったけど、ちょっと違和感を感じたらしい。それで随分遠いけど引き受けたみたいなんだ」

「じゃあ、太一は最初から知ってたのね。私が相談した時から何もかも」

「申し訳ない。ちょっと訳があって、詳しい話は先にしたくなかったんだ。この件は異例尽くしっていうか。かいつまんで言うと、その時の除霊は失敗した。いや、除霊を行う事ができなかったんだ。あそこには一葉さんの霊魂とは別に亡くなったご両親の気配もあったし、不可解な事に除霊を頼んできた叔父さん本人が口とは裏腹に心の中で除霊を拒んでいたんだ。さらにもう一つ、別の何かが隙を窺ってた。これがちょっとタチが悪い。しかも正体がよくわからない」

「もしかして一葉さんが殺された件にも絡んでるの? そのタチの悪い何かが」

「多分ね」

 陽介はただ目をパチパチさせながら二人の話を聞いている。

「で、今日はそのタチの悪いモノに気付かれない内に一葉さんをしたい。だから申し訳ないけど二人には詳しい話は聞かせないまま事を運んだんだ。こんな話聞いたら緊張するだろ? 特に紗英はと波長が合いやすいから敵に察知されやすくなる。それを避けたかったんだ」

 ここまで黙って聞いていた陽介がようやく口を開いた。

「なあ、じゃあなんで、ご住職が来なかったんだ? 話を聞くかぎり相当ヤバそうな案件じゃないか。バイトの太一よりご住職のほうが絶対良いだろう」

「爺ちゃんが来ると目立つんだよ。年だし。こう見えて僕だって結構腕の良い除霊師なんだよ。って訳で、ここからは少し事を急ぎたい。例のモノに気付かれない内に。何とか僕を信じて協力してもらえないか?」

 そう言う太一の顔と声に、陽介も紗英もハッとした。いつもの半分魂の抜けたような油断だらけの太一ではない。その目には強い決意が感じられた。

 二人にとって初めて見る太一だった。

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