第3話 有起哉の告白

 ファミレスでは結局、引き続き様子を見ながらお互い連絡を取り合おう、紗英と太一は事件についてもう少し詳しく調べてみる、というような話で解散になったのだが、そのタイミングで美羽が太一を捉まえて交渉を始めた。

「お寺は広いから私の泊まるところくらいあるでしょ? こんな怖い話を聞かされたんだから責任取ってよね」

 寺に泊まらせてくれと言うのだ。滅茶苦茶な言いがかりだ、と皆は呆れたが美羽はいたって真剣だ。

 太一は困った顔で答える。

「お寺の方が怖くないか? 周りはお墓だらけだよ。夜なんてシーンと静まりかえってるし。時々、犬の遠吠えも聞こえるよ?」

「お墓は大丈夫よ。ちゃんと供養されてるんだから。それにお寺には太一のお爺さんやお婆さん、それに弟さんもいるんでしょ? 何かあったらすぐに助けてもらえるじゃない」

 美羽の決意は揺るぎそうもない。

「わかったよ。ダメ元で一応爺ちゃんに聞いてみるよ」

 そう言って太一は仕方なく実家の寺に電話を掛けたのだが、意外にも祖父は快諾し、佳純はようやく自宅に帰れる事になった。


 そんな訳で佳純はホッと一息、美羽の部屋から荷物を引き上げて自宅に帰ろうとしていた、その道中、スマホに有起哉からメッセージが届いた。


〈ちょっと話がしたい〉

 

 佳純は思案する。有起哉が一体何の話だろう? あんなホラーを書いてしまった自分に文句が言いたいのだろうか? いや、有起哉だって馬鹿じゃない。今更文句を言ったところで何の得もない。本当にうんざりしたのなら、皆から距離を置けば良いだけの事だ。それをわざわざ呼び出してまで話がしたいと言う。

 ファミレスでの有起哉の態度は決して感じの良いものではなかった。有起哉は普段からチャラい中にも皮肉の混ざった厄介なキャラだが、今日の態度は険悪でさえあった。

 佳純は本当はこの後、自分なりに事件と小説の類似点と相違点について確認してみたかった。時間が惜しい。惜しいと思うのだが、何の話だろうと気になるのも事実だ。

『いいわ。ちょっと会ってサッと話を聞いて早々に引き上げよう』

 そう決めてメッセージを返す。


〈あまり時間がないけど少しなら〉

〈わかった。場所と時間は佳純の都合に合わせるから指定してほしい〉

〈じゃあ、〇〇駅前のカフェ みかづきボート で。五時でどう?〉

〈わかった。それで頼む〉



 待ち合わせ場所には有起哉が先に来ていた。

「話ってなに?」

 佳純は椅子を引きながら挨拶も抜きで尋ねる。

 有起哉は文句を言ってやろうというような表情ではなく、考え悩んだような顔をしていた。そして俯いたまま低い声で言う。

「佳純、あの小説は本当に佳純が書いたのか? 誰かに頼まれたんじゃないのか?」

「どういう事? つまり、盗作とかそういう事を言ってるの?」

「いや、そうじゃない。あまりに事件と似てるんだ。発表されてない事実まで」

 佳純は首を傾げる。有起哉の言っていることは何処かおかしい。何処だ? 何が変なんだ? そうだ、まるで事件の詳細を知っているかのような口ぶりだ。ファミレスで検索した事件記事以上の事実まで知っていると、そうとれる。

「有起哉はあの事件の事、何か知ってるの?」

「俺は」

 有起哉は続く言葉を発しない。『俺は、何よ?』と聞きたいところを佳純はこらえる。しばらくの沈黙の後、有起哉は言葉を絞り出す。

「俺は、あの事件の関係者だ」

「え?」

「一時犯人の疑いも掛かってた。いや、今でも時々見張られてるような気がするから、まだ容疑者の一人なのかもな」

「それって」

 言いかけた佳純の言葉にかぶせて有起哉は言う。

「太一も紗英も知ってるんだ、そんな事は。知っててあの茶番だ」

「ちょっと待って。どういう事? 太一や紗英は知ってたって言うの?」

「二人とも俺を疑ってるのさ。それであんな猿芝居しやがって」

「知ってたって、いつから、何を? じゃあ、私達も騙されてたって言うの?」

「佳純もグルなんじゃないのか?」

「私には有起哉の言ってる意味がわからないわ。私は変なホラー書いてしまっただけよ。そしてうっかりUPしちゃっただけ。事件と似てるのは多分頭の片隅にあったニュースの微かな記憶のせい。他には何も知らないし、紗英や太一だってそうよ」

「佳純は嘘が下手だからグルじゃないとは思うさ。けどあの小説はどう考えたって知ってるヤツが書いたとしか思えない。そうじゃないなら俺は、」

 佳純の情報処理が追い付かない。有起哉の言う事を信じるなら太一と紗英はこの事件の事を知っていて知らないふりをしていた事になる。佳純や美羽、千秋をも騙していたと言うのか? でも何のために? 有起哉を追い詰めるため? では、有起哉が犯人なのか? いや、これは有起哉の被害妄想だ。実際、警察に疑われているのだとすれば疑心暗鬼になるのは理解できる。

「太一と紗英がこの事件の事を調べてたのは本当だ。俺を疑ってることもな。北海道まで出かけて聞いてまわってたって俺の知人から情報が入ってる。けど言っとくが俺じゃない。それに、一葉ひとはは遺体発見の前日まで確かに生きてたんだ。警察の言ってる事がおかしいんだ」

 

 事件の被害者である双子の姉は『桜木一葉さくらぎ ひとは』、妹は『桜木二葉さくらぎ ふたば』。それはファミレスで記事検索をする中で判った。死亡推定時期は事件発覚の半年~三ヶ月前。にもかかわらず、事件発覚前日まで一葉の目撃情報があったとの記事も散見された。


「じゃあ、前日の目撃情報って有起哉なの?」

 佳純には他にも聞きたい事、聞かねばならぬことが沢山あったが、ありすぎてこの一言しか出なかった。

「俺だけじゃない。近所の人間も見てる」

「それは妹が、」

「二葉じゃない。間違いなく一葉だった。俺は付き合ってたんだ一葉と。間違えるはずがない」

「ええっ! 付き合って、た? の? 」

「ああ」

 佳純は有起哉の付き合っていたという話に驚きながらも、それでも間違いないとまで言い張る事に疑問を持たずにいられない。

「でも双子なんでしょう? 一卵性の」

「そうだ。確かにそっくりだった。だけど違うところもあるんだ。俺は、俺は、一葉に隠れて二葉とも付き合ってた。だから判るんだよ。他の人間には判らなくても俺にだけは判るんだ」

「なっ!?」

 佳純は目の前にいるこの男を心底クズだと思った。今までも時々嫌味な事を言う有起哉をひねくれたヤツだと思ってきたが、ここまでのクズだとは思っていなかった。いろいろ聞きたい事もあったが、それ以上に今は話すのも嫌だと感じている。

「有起哉。私、あんたとは喋りたくない」

 はっきりとそう言って席を立とうとした。が、有起哉の言葉に動きを止める。

「俺、死ぬのかなぁ? なあ、佳純、俺もやっぱり死ぬのかなあ」

「変な事言わないでよ。死なないでしょ? なんで死ぬのよ」

「佳純の小説が頼まれて書いたものじゃないなら、本当に何かしらの霊的な力が働いたって言うなら、俺は行方不明だろ?」

「やだ。なんか私が加害者みたいじゃない。全部が小説通りって訳じゃないでしょ? 妹さんだって自害してないし」

「二葉は行方不明だ。それに、雑誌記者が一人死んでる」

「え?」

「半年前、歩道橋から落ちて死んだんだ。あの事件を追ってた記者だ」

「偶然なんじゃないの? 歩道橋から足を滑らすなんて単なる事故でしょ?」

 そう言いながら佳純は自分の声が震えているのが判った。

「足を滑らせたんじゃない。落ちたのは階段じゃない。歩道橋の真ん中から車道に落ちだんだ」

「防犯カメラとかは?」

 佳純はそう聞きたいが声が上手く出ない。

「だから俺も、消えるんじゃないのか?」

 有起哉は確かにクズだ。だが、と佳純は思う。だからと言って命を以て償わねばならぬほどの事をしたとは思えない。もちろん、一葉殺害の犯人であるなら話は別だ。しかし、佳純には有起哉がこの期に及んで嘘をついているようには見えなかった。


 ファミレスでの有起哉の態度は、皆に対する疑心暗鬼と、死への恐怖だったのだと佳純はようやく腑に落ちた。と同時に、自分の心の中にも、太一と紗英に対する疑惑が芽生えているのを感じている。

 言われてみれば確かに、話の流れをあの二人に誘導されていたようにも思うのだ。それに、もしも有起哉の言う通りなのだとすれば水曜日の晩に出会った太一の友人、陽介と名乗るあの男性も信用出来ないということになる。

 もはや、佳純は誰も信じられない気持ちだった。有起哉の言う事ももちろん鵜呑みには出来ない。が、あの怯えようが芝居だとも思えない。

 ただ一つ確かなのは、あの短編ホラーを書いたのは間違いなく自分だという事だけだ。ただ……そこに人外の力が加わっていたのもまた確かなのだろうと思う。

 

有起哉ゆきや、その雑誌記者が亡くなったのは半年前なんでしょう? つまり、事件発覚から一年以上たってるのよね? そしてそれから半年、有起哉は無事なのよ? 記者が亡くなったのが事故にしろ殺人にしろ、この件とは別だと考える方が自然じゃない? 雑誌記者なら職業柄、他にも恨みをかってたかもしれないし」

 太一たいち紗英さえも何かを隠している。有起哉の隠し事もこれだけではないかもしれない。美羽みう千秋ちあきはどうなのだろう? そしてこの殺人事件とは何の関係もないはずの自分が事件を再現したかのような小説を書いてしまったのは何故なのか?

 混乱が思考の限界を超えてしまったのか、佳純かすみは、ふっと冷静になった。


「それからもう一つ。一葉ひとはさんが殺害されたのは有起哉のせいって事は無いの? 有起哉の下衆ゲスなふるまいのせいで二人が揉めたとか、そういうことは無かったの?」

「それは無い。一葉にはバレてないし、二葉ふたばはむしろ面白がってたし」

「面白がってた?」

「二葉は面倒なヤツなんだよ。姉のものが何でも欲しいらしい。俺と一葉がつき合ってたから俺にちょっかい出してきたんだ。本当は俺の事なんて好きでもなんでもないのさ。むしろ、姉を取り返そうとしてたのかもな。両親が亡くなってからは尚更、姉を誰にも盗られたくないと思ってたんじゃないか? だから二葉が一葉を殺すなんてことはあり得ないんだよ。そんな事したら二葉は本当に一人になっちまう」

「じゃあ、一体誰が何のために一葉さんを? 有起哉は心当たりはないの?」

「さあな。もしかしたら亡くなった両親が連れて行ったのかもな。紗英が言うように怪異なんてもんがあるんならな」

「有起哉、今まで大丈夫だったんだから死んだりしないわよ。第一、小説の中の被害者の彼氏は誠実な人だったじゃない。有起哉とは正反対だから安心して。という事で私は帰るわ」

 佳純は自分のコーヒー代をテーブルに置くと席を立った。

 自らの不安を口にしてしまった有起哉はもうカラ元気を装う事もなく、背中を丸めたまま片手を上げる。その背中を見ながら佳純は、今はまだ有起哉の命がたちまち危ない、などという事もないだろうと考えていた。

 いや、何かあったとしても自業自得。仕方がないと心のどこかで思ってしまっていたのかもしれない。

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