第2話 紗英の違和感

 佳純と美羽、千秋、太一、それに太一の友人の陽介とでスマホの怪現象について話したのは水曜の晩の事だった。

 それから木、金と落ち着かない時間を過ごした三人、いや太一と有起哉、紗英を含めた六人は土曜の日中から会うことになった。場所は水曜の晩と同じファミレスだ。


「久しぶり~」

「お久~」

 オンラインでは時々全員が揃うが、こうしてオフラインで揃うのは何年ぶりだろう。

「怪奇現象だって? 面白そうじゃん」

 有起哉は相変わらずチャラい。実家は名のある企業の創業家なのだが兄弟の中で彼だけが実家を離れ全く別の仕事についている。家族とは価値観が合わないのだといつも言っていた。

「面白くなんてないわよ。こっちは真剣に悩んでるのよ」

 美羽が抗議の声を上げる。

「ごめん。ごめん。でもアレでしょ? 寝ぼけてたー、とかじゃないの?」

「もういいわ。有起哉帰ってよ」

 美羽は気持ちに余裕がない。

「美羽、有起哉のはいつもの悪いクセだから。ヤバそうな時ほどチャラけちゃうのよ。だから実はビビってる証拠」

 佳純に見抜かれた有起哉は辛うじて「ちげーし」とだけ呟いておとなしくなった。


「実は・・・・」

 席についてタブレットで全員の注文が終わると紗英がおもむろに口を開いた。

「私、黙ってたけど、見える、人、なの」

「えっ!?」

 太一以外の四人が一斉に紗英の顔を見た。少し遅れて太一も顔を上げ紗英に問いかけた。

「もう言ってもいいの?」

「うん。実家がお寺の太一には前からちょっとだけ話してたんだけど、他の皆には変な人だと思われたり怖がられたりしないか心配で言えなくて。ごめんなさい。子供の時からね、なんとなく気配を感じるのよ。場合によっては見えたり聞こえたりもするの」

「つまり、じゃあ、幽霊とか怪異って本当にあるって言うのか?」

 有起哉は紗英の見える見えないより霊そのものの存在に話を飛ばしたが、それには太一が答えた。

「うちの爺ちゃんが説法の時にたまに言うんだけど、目に見えなくても確かに存在してるものは沢山あるって。身近なものではテレビやラジオ、Wi-Fiの電波とか。だから目に見えない事と存在が無い事とは違うんだって。それに、これは説法では言わないけど、生き物の気持ちとか愛とか恨みも目には見えないけど在るし、場合によってはすさまじいエネルギーを帯びる事もあるって」

「やだ。怖いこと言わないでよ」

 怯えきってそう言う美羽を見て、

『これでまたしばらく自分の家で眠ることが出来なくなるな』

 と佳純は観念した。

 一人暮らしの佳純は同じく一人暮らしの美羽に、あの水曜の晩から『泊まりに来て』と頼まれ自宅に帰れなくなっていた。美羽は夜一人になるのが怖いのだ。ホラーを書いてしまった佳純の家に泊まるのはもっと怖いから、佳純に泊まりに来いという訳の解らない理屈を言うのだが、佳純としては多少の責任も感じていたから美羽の言う通りにしていたのだ。


「それでね、これも皆を怖がらせたらいけないからと思って黙ってたんだけど、佳純の書いた短編ホラーに何か気配を感じるの。ねえ佳純、あれ書いた時って何か変な感じはなかった?」

 紗英が話を続けて佳純に聞いた。

「変、って言うか、あの時は私ホラーなんて書くつもりなかったのよ。でも書いてるうちにだんだんホラー寄りになって行って後は勢いだけで書いちゃった感じ。自分でも少し驚いたんだけど、こういうのをゾーンに入るって言うのかなーって勝手に納得したのよね」

「その日、あれ書いた日だけどお墓参りに行ったとか、事故現場を通ったとかってことはなかった?」

「うーん。なかったと思うんだけどなあ」

「そっかぁ」

 場が少し静まる。問題のはっきりした姿が見えない。だから当然、解決策も浮かばない。今のところは大した害もないが、この先もそうなのかは判らない。怪異的なものの存在を認めるかどうかによっても対処は変わる。


 沈黙を破って千秋が口を開いた。

「私ね、少し考えてみたの。怪異かどうかは別として佳純からは私と美羽だけにメッセージが届いて他の三人には行かなかったでしょう? この差は何だろうって。もしかしたら送られる条件みたいなのが有るのかもしれない。それが判れば少しは謎が解けるかもって思うんだけど」

「なるほど。千秋たち三人と僕ら三人の違いかあ。なんか思いつく?」

 太一が尋ねた。

「甘党と辛党?」

 美羽が言うと有起哉が声を出して笑った。

「ははは。甘党な霊ってか?」

「何よ! じゃあ他に何かある?」

 またしても美羽と有起哉が険悪な雰囲気になったので佳純が慌てて割って入る。

「千秋と美羽から勝手に送信されてしまった相手についてはどうなの? 何か共通点とかある? 」

「甘党なんじゃないの?」

「有起哉、しつこい」

 千秋が有起哉を睨んだ。あまり感情を表に出さない千秋が言ったので有起哉も思わず怯んだようだ。

「友達登録してる人の中でも割と頻繁に連絡取る人に送られてたわね。メッセージは残ってないけどノートは残ってるから調べてみたの。私からは五人に送られてる。美羽はどう?」

「そっか。ノートを確認すれば良かったのかあ。私はその確認やってないから正確な人数はわからないんだけど、何となくあの日、トーク画面を開いた人にだけ送られてる気がする。メッセージを送る送らないに関係なくトーク画面を見た人って感じ?」

「それって誰かに遠隔操作でもされてたんじゃないの? 変なサイト見てウイルス仕込まれたとかさ」

 一旦怯んだ有起哉だがどうしても憎まれ口は止められないらしい。何か言い返そうとする美羽を制して太一が話を変えた。

「そういえばホラー読んだ人からのコメントに『似たような事件があった』とかってのあったよな? 千秋? 美羽? どっちに送られてきたコメントだっけ」

「あ、それ私」

 千秋が手を挙げる。

「その人に詳しい話聞けないかなあ?」

 紗英が言うと有起哉が少し険しい顔で言った。

「けど、こんな訳の判らない話にむやみに他人を巻き込まない方が良いんじゃないの

か?」

「あら、有起哉にしては常識人みたいな事言うじゃない? どうしたの?」

 美羽が反撃に出た。

「俺はただ、大した被害も無いのに騒ぎ過ぎだって言ってるんだよ」

「でもこのまま放置するのは気持ち悪くないか? 大した被害が無い訳だから少しくらいはその人に話を聞くのもアリだろ?」

 やんわりと太一が有起哉の矛盾を突いてそう言った。

「連絡とってみる。ついでに彼女には何も異変は無いか聞いてみるわ」

 そう言うと千秋は早速その相手にメッセージを送信し始めた。 

 丁度そのタイミングで注文の品がテーブルに届き話は中断。皆、頭の中であれこれ考えを巡らせながら黙々と食べている。少し早めのランチだ。


 皆が食べ終わった頃、千秋の電話が鳴った。

 全員一斉に千秋を見る。千秋は黙って皆を見渡した後、意を決して電話に出た。

「もしもし。うん。ごめんね。変な事聞いて。何だか気になっちゃって。え?そう。そうなんだぁ。わかった。調べてみる。ところでどう? 元気してる? わあ、そうなんだー。それは良かったねぇ。うん。うん。またね~。ありがとう」

 思ったより短い電話だ。

「ちょっと急いでたみたいで。まず、彼女には何の異変もなさそうだった。昨日の夜、飼ってるワンちゃんが出産してバタバタしてるけどワンちゃん達も皆元気だって。で、肝心の『似たような事件』の件だけど一昨年おととしくらいに北海道で起きた事件の事だそうよ。当時、結構世間が注目した事件だから調べたら直ぐに分かるはずだって言うんだけど」

「ああ、多分これだ。細かな部分が小説とは少し違うけど、二十代の双子の姉妹のお姉さんがバラバラ遺体で見つかった事件。うん。二年ほど前だな。小説ではジグソーパズルに見立てて元の形に再現されていたけど、そういう記述はない。冷凍保存されてたってとこは同じだけど。あと、小説では妹は警察が踏み込んだ時に自害してたよね? でも実際には行方不明だそうだ。結局、近所からの異臭の通報で発覚したらしい」

 太一がスマホ検索の結果を淡々と説明するのを聞きながら、食後で良かったと多分みんなが思っていた。太一も一応周りを気にして声をひそめてはいたが昼食時のファミレスには不適切な話題だ。


「そういえば、確かにそんな事件があった気がする。最近は似たような事件が次々起こるから恐ろしい事だけどバラバラ殺人くらいじゃ記憶に残らなくなってるのかも。ほんと何よりそれが個人的には一番怖い」

 千秋の言う通りだなあと佳純も頷きながら言う。

「うん、私もそう思う。それに言われてみれば確かにそのニュースには聞き覚えがある。今、聞くまでは忘れてたけど。でも頭の片隅にはあったんでしょうね、きっと。それが何かのきっかけで小説って形でアウトプットされたのかも」

 それに紗英が付け加えて言った。

「そういう事なんでしょうね。ただ、私はやっぱりそれだけじゃないと思うの。異臭が発見のきっかけって事は、発表はされてないけど実際は小説の通り遺体は冷凍庫から出されて並べられてたんじゃないかと思うのよ。つまり小説には、発表されていない事実も書かれている。あの小説には何かまた別の力も加わっていたんじゃないか、って。そしてそれが私の感じた異質な気配の正体だって気がする」

 紗英のいう事に美羽が体を固くして太一の腕にしがみついている。こんな時のために太一の横に陣取ったに違いない。美羽にしがみつかれたままの太一が有起哉に問いかけた。

「有起哉の実家、北海道だよな? 当時はこっちより詳しいニュースが流れたんじゃないか? 何か覚えてないか? 」

「こんな事件、次々起こってるじゃねえか。そんな二年も前のニュース、覚えてねえよ。北海道は広いしな」

 いつものチャラい感じではなく怒りすら滲ませながらそう答えた有起哉はタブレットでコーヒーのお替りを注文した。

 だがその指先がかすかに震えているのを太一と紗英は見逃さなかった。

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