第10話 陽介の本心②
「……爺ちゃんに電話してみる」
暫く黙って考え込んでいた太一がスマホを手に取った。
陽介はようやく上半身を起こし、肩で息をしている。
紗英は陽介に触れないように用心しながら顔を覗き込んで声をかける。
「陽介。大丈夫? 息苦しい? あ、でも、無理に喋らなくて良いからね。落ち着いてからで大丈夫よ。何か飲む?」
眉間に皺を寄せて首を横に振る陽介の顔は見慣れぬ表情だったが、それでも確かに陽介だ。何が起きたのかは解らないし、危険が去った訳ではないが、とにかく今は何とか無事だ。安堵と心配が渦巻いたまま、紗英は太一の電話に耳を傾ける。
「うん。うん。 わかった。根付は僕が持って帰るよ。他の人の手に触れないようにする。どんなカラクリがあるのか分からないから、他の話は帰ってから。……うん、そうだね。そうする。ありがとう」
電話を切った太一は
「陽介も紗英も根付を遠ざけておけば大丈夫。これ以上妙な事は起きないから安心して」
そう言って、まずは二人を安心させた。
「私、陽介に触れても大丈夫?」
「うん。もともと僕や紗英は影響を受けないみたいだ。電気の絶縁体みたいに僕らが持ってる限り他の人にも影響はないらしい」
「……一体、何だったの?」
「爺ちゃんも実際には見た事が無いけど、聞いた事はあるらしい。おそらく呪いを込めた髪の毛か何かが極僅か編み込まれてるんだろうって。僅か過ぎて耐性のある霊能者には感知しにくいし影響もほとんどないらしい。ただ、霊障にあまり
「それじゃあ……、そんなもの無差別に配ってたら危険極まりないじゃない。あの保典って人、それ判って配ってるのかしら? ううん、それより恵子さん? その人が作ってるのよね? じゃあ、その恵子さんって人の呪いって事?」
「そういう事になるな」
「恵子さんて、誰なの?」
「保典さんの奥さんだよ。っていうか、一葉さんの叔母さん。一葉さんのお母さんの妹さんなんだ」
「え? じゃあ一葉さんと血の繋がりがあるのは恵子さんの方なの? 保典さんは?」
「保典さんは一葉さんとの血の繋がりはないんだ。でも恵子さんが病弱だから、代わりにいろいろ動いてるって感じかな」
「どんな人なの? 恵子さんて」
「あまり先入観は植えつけたくないんだけど、僕が見る限り穏やかで善良な人だよ。保典さんと同じで人を呪うような人には見えない。ましてやそれを無差別にまき散らすとは考えにくい」
二人の話をじっと聞いていた陽介が俯いたまま口を開いた。
「太一。俺、何かひどい事言ってたよな?」
紗英が慌てて陽介の肩を支える。
「気にしないで。一瞬だったけど何かにとり憑かれてたのよ」
「有起哉ってヤツもその根付持ってるんじゃないか? それで悪態つくんじゃないのか?」
陽介は意外に大丈夫なようだ。口調が少し冗談交じりになっている。いつもの陽介だ。
「いや有起哉は随分昔からあの調子だよ。素直な人間とは言い難いから、きっと何の影響も受けないんじゃないかなあ?」
太一も笑いながら応じている。
「子供の時に根付貰ったんじゃないのか? それでずうっと」
「それがさ、これはまあ良い情報だけど、根付の影響は一回限りらしい。免疫がつくって事なのかもな」
「なによそれ。はしかかおたふく風邪みたい」
陽介の様子が戻ってきた事に安堵して、紗英も少し軽口を言う。
その晩は陽介がすっかり落ち着くのを待って、遅い時間に男二人で湯に浸かった。
「太一、あの時の暴言だけどさ」
「うん」
「落ち着いて考えてみたら、全く心にもない事とは言えないんだ」
「うん」
「自分の口から言葉になって出てきて初めて自覚したんだけど、確かにそういうモヤモヤはあったみたいだ、俺」
「うん……」
「けど、あれだけが本心かっていうと違う。全く逆の気持ちも本心としてあるんだ」
「うん。人の本心は一つじゃないから。矛盾した気持ちの全部が本心だと思うよ、僕も」
「モヤモヤしてるより、さっさと聞けば良かったんだ俺」
「聞けば良かった?」
「うん。なあ太一、なんで今まで黙ってたんだ?」
問われて太一は『この旅行の本当の目的の事だろうか?』 と思って答えた。
「この旅行の事は本当に悪かった。申し訳ない。ただ、どうしても失敗するわけにいかなかったんだ」
「いや、除霊師のことだよ。旅行の事は、もう事情が分かったから別に良いんだ」
「除霊師の事なら言ってたじゃないか。バイトは本当だし。他の誰にも言ってないけど陽介にだけは言ってただろ?」
「うん。そうだな。言われてみれば聞いてた。確かに。でも、ここまで大掛かりなバイトだったとは。そうか、俺が勝手に除霊ってのをうさん臭く思ってただけか」
「ええっ? うさん臭く思ってたのか?」
「あ。ごめん。いや、だって普通の人間は・・・・。うん、普通っていうか霊感とか全くない人間からしたら、そんな感じだぜ、申し訳ないけど。ああ、そうか。俺、だから紗英の事も霊感の件に関しては半信半疑で聞いてたんだな。それで最近、紗英もあんまりそういう話しなくなってたんだ」
「紗英は多分、子供の時から辛い思いしてたと思うよ。陽介、お前にはちゃんとわかってて欲しいよ、そこんとこだけは」
「うん。そうだな。今日の体験は貴重だった。なんか、ありがとうな、太一」
陽介はザブンと一度湯に潜り、濡れた頭をブルンと振った。
「うわっ! 何するんだよ、陽介!」
陽介の髪から飛び散った湯にのけ反りながら、太一もわだかまりの消えた顔で笑った。
翌朝、三人は早めに空港へ向かった。
野添が出発前に少し話したいと言っていたからなのだが、野添からの連絡は無く、電話をしても繋がらない。まあ、急な取材でも入ったのだろうと諦めて三人は帰路に着いた。
しかし、戻った太一のスマホに祖父から驚愕のメッセージが届いたのだ。
——野添さんが亡くなった と。
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