第9話 陽介の本心①

「え? 尾行?」

 小声で聞き返す陽介に

「できるだけ普通にしてて。でも三人一緒にいよう。離れないように」

 太一が普通に歩きながら答える。

「大丈夫なの?」

 今度は紗英が聞き返す。

「うん。まだちょっとわからないけど、警察かもしれない。保典やすのりさんを見張ってたんだと思う。それで僕たちの事も一応……」

「おお。警察に尾行けられる体験なんて滅多に出来るもんじゃないぞ」

 陽介が少しはしゃいで言った。

「もう。子供みたいなこと言って」

 たしなめながらも紗英はちょっと楽しい。陽介の何でも面白がるところは嫌いではない。

 警察なら、少なくとも『タチの悪いナニカ』よりは安心だ。むしろボディガードが付いているようで心強い。実際、紗英は今のところ人外の気配は感じていなかった。

 

「買い物の前に、お茶でもしない? お土産選びの試食も兼ねて」

 暫く歩いて目的の土産物屋に到着したところで紗英が提案した。

「そうだな。丁度、小腹も空いたしな」

 陽介が賛成すると太一も頷く。

「僕も濃いめのコーヒーが飲みたい。尾行も無くなったしゆっくりしよう」

「え? 尾行は無くなったの?」

 生菓子の食べ放題カフェに入る事に決め、陽介と太一は紗英が選んだテーブルに着いた。

「うん。さっき引き返して行ったよ。僕らの素性について調べがついたんじゃないかなあ?」

「太一って、呑気そうな顔して本当はアンテナ張り巡らしてるのね。何だか油断できないわ。うーん、今のところ一番怪しい人物は太一ね」

「ははは。同感! 俺もそう思ってた。こいつ、太一に成り済ました偽物かもしれないぜ。いつもの太一と違い過ぎる」

 二人にそう言われて、苦笑いの太一は

「そう言うなよ。今回ばかりはいつもみたいに気を抜いてられないんだよ。実はもうクタクタ。限界は近い。早く帰りたい」

 冗談とも弱音ともつかない事を言いながら甘い菓子を一つ口に入れた。



 その日、宿に戻ったのはギリギリ夕食に間に合う時間だった。今日一日で、ある程度目的は果たせたが、明日無事に帰路に着くまでは油断は出来ない。それで今夜はアルコールも控えたのだ。

 だが、それにもかかわらず陽介に異変が起きた。


 風呂の前に部屋で寛いでいた時の事だ。

「そうだ、コレ。三つあるから一人に一個づつだと思うんだけど」

 そう言って、太一が保典から受け取った根付をテーブルの上に置いた。

「あら、かわいくて綺麗ね。あの後、いろいろあってすっかり忘れてたけど、素敵なもの頂いたわね」

 そう言いながら紗英はひとつ手に取る。

「やっぱり紗英も何も感じないよなぁ? 僕も何も感じないんだけど、それでもなんだろ? 何か違和感があるんだよな、コレ」

「へえ。じゃあ例えば盗聴器とか、GPSとか? どれどれ?」

 陽介も一つ手に取る。

「うーん。そういう機械モンでもないなあ。ただの根付だよ、コレ。……大体、太一。お前、隠し事が多すぎないか? これだって直ぐに渡さずに今までずっと一人で持ってたんだろ?」

 陽介の様子が変だ。目の色が変わっている。

「俺を信用してないんじゃないのかっ? この旅行も紗英と二人で決めたんだよなっ! なあ、おいっ! 霊感だか何だか知らないがそんな目に見えないもの、何とでも言えるよなっ! 二人で俺を騙してるんじゃないのかっ! なあっ!」

 語気荒くそこまで一気に怒鳴ると肩を落とし俯いて呻くように言った。

「オレハ、オマエタチヲユルサナイゾ」

 紗英と太一は一瞬、顔を見合わせる。

 違和感どころではない。これは明らかにマズい。訳が判らないが陽介が危険だ。

 太一が慌てて陽介から根付を奪い取った。

 息を呑んで立ち尽くす紗英の手にも根付は握られているのだが、紗英に変化はない。


 根付を奪われた瞬間、陽介は脱力し崩れるように倒れ込んだ。目の色は元に戻ったが虚ろな顔で放心している。紗英は陽介に触れようとしてハッとした。自分が手にしている根付に目をやり、思わず床に投げ捨てた。

「太一、陽介は、大丈夫よね?」

 用心して陽介に触れるのは止めた。根付を手にしていた自分が触れるのは良くないかもしれないと考えたのだ。

「ちょっと、ちょっと待って」

 さすがの太一も動揺している。

「これ、一体何なんだ?」


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