氷解 ー凍てつく夜にー
ゆかり
第1話 深夜のメッセージ
〈夜中にあれはないよぉ〉
〈怖くて眠れなくなったじゃない〉
水曜日の朝、
友人の
「?」
何のことだろう? 佳純に心当たりはない。
確かに、昨夜は生まれて初めて、短編だがホラー小説を書いてみた。
珍しく夢中になって時間を忘れ気付いた時には深夜0時をまわっていた。だから慌ててノートパソコンを閉じてベッドに入ったのだ。
『明日もう一度読み直して確認してからUPしよう』
そう考えながら眠ったつもりだが、まさか寝ぼけてUPしてしまったのだろうか?
いや、何か別の件かもしれない。
と言っても他に心当たりがあるかといえば正直それもなかった。
〈何のこと?〉
とりあえず返信する。
〈またまたぁ~〉
美羽はいつもながら返信が早い。
やはり寝ぼけて何かやらかしたのかもしれない。そうは思うが時間がない。バスに乗り遅れたら遅刻だ。
歯を磨きながら横目でスマホを確認するが千秋に送ったメッセージは既読にならない。
何とかバスに間に合い座席に落ち着いた佳純は美羽とのやり取りを再開する。
〈ほんとに心当たり無いんだけど〉
すると美羽からスクリーンショットが送られてきた。
佳純:短編UPしたけど深夜には読まない事をお勧めします
美羽:なによ。かえって気になるじゃん
佳純:お休みなさい
美羽:やだ、気になって目が冴えちゃったよ
美羽:おーい
深夜2時過ぎのやり取りになっている。佳純は慌てて画面を遡って確認するがそんなメッセージは残っていない。
それで今度は共有フォルダーを確認する。するとなんと昨夜書き上げたホラーがUPされているではないか。これは、確かにやらかしたようだ。だが、スクリーンショットにあるようなメッセージは絶対に送っていない。そんな記憶はかけらもない。それでも本当に自分が送っていたのだとしたらそれこそ病気を疑わねばならない。
『はぁぁん、さては美羽と千秋で私を怖がらせようとしてるな』
多分、夜更かししていた二人のうちどちらかが何気なく共有フォルダーを覗いたのだろう。そこに私のつたないホラーを見つけてつい読んでしまったに違いない。それで悪戯心が涌いてもう一人を誘い、私にホラー返しを仕掛けたと、そんなところだろう。
美羽はともかく千秋ならメッセージの画像くらい偽造出来るはずだ。
さて、ではどうしよう。騙されたふりをして怖がるべきか、更なるホラー返しを仕掛けるべきか・・・・そんな事を考えながら、多分少しニヤつきながら佳純はバスに揺られていた。
————しかし、事態は思わぬ方向に動いた。
その日の夕刻、定時に会社を飛び出した佳純は待ち合わせ場所に急ぐ。その顔はやや青ざめている。
就業中にこっそりやり取りした美羽と千秋とのメッセージ、そして昼休憩の電話とで、この出来事が悪戯や冗談の類ではないと佳純は確信していた。
それは美羽と千秋も同じだったのだろう、とにかく三人で会おうということになったのだ。
「じゃあ、美羽も千秋も送った覚えのないメッセージが勝手にいろんな人に送られてるのね?」
「うん。だから今は解る。昨日の佳純のメッセージもそういうことなのよね?」
そう言う美羽は指先が白くなるほどバックを強く抱きかかえている。
「そう! 私も全く身に覚えがないの。もっと言えば小説のUPも」
「書いたのは間違いないの?」
千秋も不安そうに尋ねる。
「うん。書いたのは確かに私。それは間違いない」
佳純たち三人は待ち合わせのファミレスの前で店にも入らず話し込んでいたが別の客が迷惑そうに横を通ったので慌てて店内に移動した。
それぞれ軽めの夕食になりそうなものをオーダーし、再び話し込む。
今朝、美羽も千秋も佳純に抗議のメッセージを送った後、それぞれの友人知人からのメッセージで異常事態に気付いたのだと言う。
〈読んだよー 面白かった〉
とか
〈そういえば似たような事件があったよねー〉
とか身に覚えのないメッセージが次々届いたのだそうだ。その相手に何のことかと問うと、大体似たような返事が返ってくる。
〈あなたが送ってくれた短編ホラーよ〉と。
どうやら、佳純のUPした短編ホラーがメッセージアプリのノート機能を使って美羽と千秋のスマホからあちこちに勝手に送信されているらしいのだ。
〈面白いホラー見つけたし読んでみて~〉などというメッセージ付きで。
相手は会社の元同僚だったり、親族だったり、いずれにしても小説サークルとは無関係の人達ばかりだという。
その人達は唐突に送られてきたホラーに戸惑いながらも丁寧に感想を返してくれたということなのだろう。
「ウイルス的なもの?」
美羽はウイルスを疑っている。
「それならまだマシだわ。怪奇現象だったらどうしよう」
千秋が少し強張った顔で言う。
「やだ、ウイルスの方が怖いって。銀行口座にクレジットカード、定期券、それから行動範囲の履歴、もう何もかもがこの中に入ってるのよ」
「それは、あちこち連絡してロックできるんじゃない? 面倒だけど。でも怪奇現象だったらどうやって防いだら良いのか分からないじゃない。もしかしたら命だって危ないかも」
美羽と千秋の話はいつの間にかどっちが怖いかという議論になっている。
「どっちも怖いわ、私。けど何とか原因を突き止めて対処しないとダメだし。今のところ、いろんな人に私の未熟なホラーが拡散されてるってこと以外、被害は出てないのよね?」
「多分ね。クレジットカードが使われたとか、口座から勝手に送金されたとかって話はないし、誰かが不審死したって話も聞かないわ」
千秋が答えると、ゴクリと唾を飲み込んで美羽も頷く。
「だけど考えてみたら仮にクレカや送金被害があってもホラーが送られてきたことが原因だとは誰も思わないんじゃない? って事は直ぐにこっちに連絡が来ることもない。でも大怪我したとか亡くなったなんて事があれば、この件とは関係なく連絡があると思うのよね」
「そうか。佳純の言う通りよね。だったらやっぱり怪奇現象の可能性は低いってことじゃない? 不審死の連絡はないもん」
美羽はウイルスを疑っているというより実は怪奇現象を恐れているのかもしれない。だから何とかウイルスのせいにしたいのだろうと佳純は思った。
「ねえ佳純、私と美羽以外は誰も何も言ってこなかった?」
「うん。千秋と美羽だけ」
そういえばこの妙な現象を訴えてきているのは今のところ美羽と千秋だけだ。
佳純がホラーをUPしたフォルダーには他に三人共有仲間がいる。
卒業の時に今後も仕事の合間に小説を書き続けようという事になり、某クラウドサービスを利用して太一が共有フォルダーを作った。
そして年に一度、UPされた中から何点か選んで一冊の本にする。早いもので去年六冊目が出来上がっていた。
紗英は文芸サークル仲間ではなかったが本を読むのが好きな上に趣味でイラストを描いていたから、時々文章にイラストをお願いしていた。その流れで仲間に加わって、今は気が向いたときに気が向いた小説にイラストを描いている。
『つたない小説が一番絵心を刺激するのよ』などと言いながら、製本の際にイラストを描くのはもちろん、たまに絵本向きの話がUPされるとお手製の絵本に仕上げてくれたりもしていた。
「他の三人にも連絡とってみようか」
千秋の提案に佳純と美羽は頷いた。
「誰がかける?」
そのままの流れで千秋が電話をするものと思ったら、違ったようだ。
「ウイルス感染してるかもしれないスマホで電話しても大丈夫かなぁ?」
美羽も躊躇している。
「電話なら大丈夫だと思うよ、多分」
佳純も自信はないが通話でウイルスを送ることは出来ない気がする。
「もとはといえば私のホラーが始まりだし、いいわ、私が掛ける。まずは・・・・誰から掛けよう? 太一?」
「うん。太一が良いんじゃない? 実家、お寺だし」
もはや、美羽が口とは裏腹に怪奇現象を怖がっているのはバレバレだ。ウイルス感染ならお寺は関係ない。しかし佳純も千秋もツッコむ事はしない。優しさもあるが話が横に逸れると面倒だし時間もないと考えたからだ。
「もしもし、あ、久しぶり。そう。うん」
美羽と千秋は固唾を呑んで佳純の電話に耳を傾けている。
「あ、読んだの? いやいやお恥ずかしい。っていうか、まさにその件なんだけど
ちょっとおかしな事になってるのよ」
佳純は一通り説明したが、どうやら太一には妙な現象は起きていないらしい。続いて紗英、有起哉の順に電話してみたがやはり特に問題はないと言う。ただ三人とも佳純のUPした短編ホラーは読んだそうだ。
「おかしなことになってるのは私たち三人だけみたいね」
佳純が言うと美羽も千秋も複雑な顔をする。被害が広がっていないことへの安堵と自分達だけだという不安が心と頭でせめぎ合っている、そんな感じだ。
「ねえ佳純、確認なんだけど、この共有フォルダーって私達六人以外は見られないのよね? もちろんUPも出来ないのよね?」
「そのはずよ。でも私たちのID使ったりスマホやパソコンを使えば話は別だけど」
その時、佳純の電話が鳴った。太一からだ。
「もしもし、え、そうなの。それは助かる。ありがとう。でも明日は仕事じゃないの? 大丈夫?」
電話を切った佳純は少しだけ安堵の表情になっている。
「太一が今からここに来るって。なんか近くにいるらしい。友達と飲んでたんだけどその友達がスマホに詳しいんだって。スマホのアプリとか作ってる人みたい」
「へえ。そういえば太一って顔が広かったもんね。良かったわ。そういう人に見てもらったら簡単に原因がわかるかも」
千秋は歓迎しているが美羽は少し浮かない顔だ。
「それでも原因がわからなかったら太一にお祓いしてもらわなきゃ」
とうとう本音が出てしまった。
「この人、大丈夫なの? 」
小声で千秋が佳純に聞いた。
太一が連れてきたスマホアプリの開発者だという友人はかなり酔っている。機嫌はとても良いのだが。
「おお。太一にこんな素敵なお友達がいたとは意外、意外」
「学生時代からの同志だよ。
聞くまでもなく酔っている。太一こそ大丈夫か、と佳純は聞きたい気分だ。
「大丈夫だよ。ただ、水を一杯」
陽介と呼ばれたその男性は、しかし水を一杯飲むと少し様子が変わった。
「よし! 身に覚えのないメッセージが勝手に送られる、と。確かにウイルスの可能性はある。だけど見てみない事にはわからない。スマホ、見せてもらえます?」
仕事スイッチが入ったような目つきになった。さっきまでとは雰囲気が変わって頼もしく見える。
「ただし、そう言ってスマホを預かって調べるふりをしてウイルスや追跡アプリを仕掛ける、なんてことも世の中にはありますからね。大丈夫ですか? 僕に預けて」
「太一のご友人ですから。信用してます」
千秋が言うと陽介は笑って
「その太一だって学生の頃とは変わってしまってるかもしれない。僕と共謀してるかもしれない。例えお坊さんでも簡単に信じてはダメですよ」
「お坊さんじゃないよ。寺を継ぐのは弟だよ。いやいや、そんなことより早くスマホを見てくれよ」
「だけど、そんなに直ぐわかるんですか? ウイルス感染してるかどうかなんて」
美羽が聞いた。
「悪意のあるアプリが入っている場合は直ぐわかります。ウイルスも駆除までするとなると少し時間が要りますが感染してるかどうかだけなら直ぐにわかります」
そうして陽介はしばらく三人のスマホをいじったあと、首をひねって言った。
「結論からいうとウイルスでもアプリでもないですね。むしろ人間がやった感じがするんだけどなあ。メッセージを送っておいて削除したっていうような。しかし、三人のスマホにそんな事を一人でやるのは無理だしなあ。かといって何人かの人間が協力してやるような事でもないよね? これは太一の出番じゃないか? 」
「僕の? なんで?」
「お祓い」
それを聞いて息をのんだ美羽は思わず太一の腕をつかんで言った。
「太一。なんとかして」
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