002 男色ゴブリンとの遭遇

 扉を潜ると、そこはぱっと見た感じ洞窟型のダンジョンだった。


 しかしだからといって、安心はできない。


 ダンジョンの名称通り、男色ゴブリンと何かしらのぬるぬるが待ち受けているからだ。


 俺は改めて、自分の装備を確認する。


 といっても長袖のワイシャツにズボンと運動靴という、どこにでもいる学生服姿だ。


 ブレザーと上履きは置いてきており、運動靴はこの世界の通貨である”ポニカ”で購入した。


 そして肝心の武器を、頬袋・・から取り出す。


 俺は自分の口に手を突っ込むと左頬あたりから、まるで手品のように木剣を取り出した。


「おえっ」


 思わず吐き気をもよおす。


 このおかしな現象についてだが、漫画などでよくあるスキルや特殊能力ではない。


 以前俺が攻略したダンジョン、爆竹と泥棒の森で手に入れた泥棒リスの頬袋という装備品だ。


 栗毛色の巾着のような見た目であり、現在は落とさないように腰のベルトに結んでポケットに入れてある。


 そしてその気になる装備効果は、自身の頬袋に六個まで物を収納できるというものだ。


 ちなみに俺が持っているアイテムや装備の中で、一番役に立っている。


 それと取り出した木剣は、初めてのダンジョン時に無償で手に入った武器だ。


 効果は特にない。


 武器として心もとないが、仕方がなかった。


 まさか泥棒リスをしばらく倒さずにいると、盗まれた物が二度と戻ってこないとは思わなかったんだよな。


 俺はソロということもあり、集団で襲ってくる泥棒リスに成す術もなかった。


 嫌なことを思い出しつつ、俺は木剣を強く握りしめてダンジョンを進み始める。


 とにかく、背後だけには気をつけよう。嫌な予感がする。


 男色ゴブリンという名称だけに、そこだけは注意した。


 そして、俺の目の前にそれが現れる。


「ぐぎぇぎぇ!」

「うわっ……」


 俺の目の前には、やけにガタイの良いゴブリンがピンク色の槍を持って笑みを浮かべていた。


 身長175cmの俺に対して、ゴブリンは180cmくらいである。


 嘘だろ……。


 一応俺も動画配信サイトで、他のプレイヤーがゴブリンと戦っているところを見たことがある。


 しかしその時のゴブリンは身長が小学生くらいであり、体つきもヒョロヒョロだった。


 唯一同じなのは、ぼろきれを腰に巻いていることくらい……。


「ぎぇひひ!」

「うわっ……」


 めっちゃ山になってるんですけどっ!!


 俺は鳥肌を立てると、本能的に逃げ出した。


「ぎゃひひひひ!!!」

「マジで来るな!」


 これが、暴漢に襲われる女性の気持ちだろうか。


 自分より体格の良い存在に追いかけられる恐怖を、俺は強く感じていた。


 けれども、このまま逃げ続けても不利になる事だけは分かっている。


 なので、俺は頬袋から新たな武器を取り出した。


「くらえ!」

「ぎ? ぐぎゃああああ!?」


 俺が取り出したのは『ヘドロの沼と地滑りの坂道』で手に入れた武器、激臭の水鉄砲だ。


 効果は名称通り、ドブを煮詰めたような激臭の液体を発射する武器である。


 加えて命中補正もついているので、逃げながらでも何とか当てることができた。


 なお弾数はダンジョンに入るたびにリセットされて、30発補充される。


 ただ欠点は、近くにいると俺自身もこの激臭を嗅ぐことになることだ。


「くっせぇえええっ。けど、今がチャンスだ!」


 顔面に命中した男色ゴブリンは、槍を手放して転げまわっていた。


 俺は激臭を我慢しながら近づき、木剣をできるだけ人体の急所を狙い何度も叩きこむ。


 何も効果が無い木剣だが、とても頑丈で刃のところは意外と鋭い。


 すると運良く急所を突けたのか、男色ゴブリンをなんとか撃破することができた。


 男色ゴブリンは槍も含めて煙のようにして消え去り、その場には静寂だけが残る。


 これだけ頑張ってモンスターを倒しても、ゲームや漫画のように何かをドロップすることは無い。


 その代わりダンジョンをクリアした時には、倒したモンスターに応じてポニカが手に入る。


 加えてこの世界にはレベルなども無いので、モンスターを無理に倒す必要は無い。


 あるとすれば、生活苦でポニカを稼ぐ必要がある時だろう。


 とても世知辛い。


 はぁ、なんとかからめ手で勝てたけど、あれ絶対強いよな……。


 ダンジョンはソロとパーティを選択でき、ソロの場合だとモンスターは弱く数が少なくなる。


 けれどもやはり、多少敵が強く数が多くても、六人でモンスターと戦う方が楽だった。


 はぁ、今更誰かとパーティを組むなんて、無理だよなぁ……。


 過去に仲良くなった幼精紳士ペロロさんが酷い目に遭ったことを皮切りに、俺はソロで攻略することを選んだ。


 あの悲劇だけは、繰り返してはいけない。


 くそ、なるべく戦わないように行くしかないか。


 俺は悪態をつくと、警戒しながらダンジョンを進み始める。


 幸いなことにソロだと出現するモンスターの数も少ないこともあり、俺は上手く男色ゴブリンを回避していく。


 このダンジョンにはそこら中に通路があり、意図せない遭遇に気をつければ、何とかなる。


 伊達に特殊なダンジョンを、これまで四つ乗り越えてはいない。


 これまでの試練の数々で、俺は危機管理能力とモンスターの気配には一日の長がある。


 なのでこちらに背を向けた男色ゴブリンがいれば、チャンスとばかりに行動に移す。


 逃げてばかりでは、ダンジョンは乗り越えられない。


 装備を頬袋にしまうと、代わりにとある串を取り出した。


 そして暗殺者の如く近づくと、男色ゴブリンの尻穴目掛けて串を突き刺す。


「#####――!?」


 男色ゴブリンは、言葉にならない絶叫を上げた。


 俺はその隙に全速力で、背を向けて駆け出す。


 その瞬間、背後から爆発音が鳴り響いた。


 な、何とか勝てたが……男色ゴブリンの尻に串を突き刺すのは嫌だったな……。


 だが、それも仕方がない。


 俺が今使用した串は『尻穴爆竹の串』というアイテムであり、尻に突き刺さなければ効果を発揮しないのだ。


 条件は厳しいがその分強力であり、相手を内側から爆散させる事ができる。


 使用したのは初めてだが、物凄い威力だ。


 正攻法では倒せそうにないが、何とかダンジョン攻略は出来そうだな。


 そんな感想を抱きつつ、俺は急いでその場から離れる。


 あれだけ大きな音を出せば、男色ゴブリンが集まって来ても不思議ではない。


 しかし唯一気になるのは、今だこの『男色ゴブリンのぬるぬるダンジョン』でぬるぬると遭遇していないことだった。

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