015 遭遇戦

 おかしい。


 先ほどから洞窟内を進んでいるのだが、オタガッパの数が少ない気がする。


 あれ以降出会ったオタガッパの数は、七匹。


 洞窟は、アリの巣を横向きにしたような形状である。


 何度か行き止まりに辿り着くが、そこには何もいないことが多い。


「これはもしかして、誰か先に来ているんじゃないか?」

「かもしれないね……」


 ペロロさんも俺と同様に、その考えに行きついたようだった。


 もし遭遇した際に、危険な相手であれば戦闘は避けられない。


 人数差があった場合、こちらが不利だろう。


 モンスターと違って、人間は連携してアイテムも使用する。


 更に一発逆転のアイテムを持っていれば、取り返しのつかない事態におちいる可能性もあった。


 成長するために危険に飛び込むことは必要だが、明らかに不利な場合は撤退も視野に入れた方がいい。


 俺がそう考えた時だった。


 不意に背後から殺気のようなものを感じた俺は、ピンパチの石突を背後へと勢いよく突き刺す。


「ぐぇっ!?」


 すると男の苦悶の声と共に、地面へと倒れる音がした。


「敵だ!」

「っ! 他にもいるみたいだよ!」


 事前に隠れていたのか、複数の気配が現れて明かりが近づいてくる。


 敵の増援だと思った俺は、先に襲ってきた人物に止めを刺す。


 ピンパチを向けると、巻きつけていた懐中電灯がその人物を照らした。


 襲ってきたのは三十代前半の男で、オタガッパの付けていた瓶底眼鏡と茶色いマントが特徴的であり、手にはナイフが握られている。


「ひっ! やめっ!」

「黙れ!」

「ぐぇ!?」


 俺は男の心臓目掛けて、ピンパチを突き刺した。


 血が噴き出し、男は絶命して光となって消える。


 分かっていたが、最悪の気分だ。


 助けるために介錯かいしゃくをするのとは、全く違う。


「漆黒のブラックジョニーをやりやがったな!」

「この人殺しが!」

「ぶっ殺してやる!」


 そこへ駆けつけてきたのは、男性プレイヤー三名。


 比較的年齢層が高く、小汚くて盗賊にしか見えなかった。


「最初に襲ってきたのはそっちでしょ!」


 ペロロさんは臨戦態勢を取りながら、男たちに反論する。


「うひょ! 可愛い娘ちゃん!」

「マジもんのロリがいたぜ!」

「ひゃひゃひゃ! 生け捕り決定!」


 男たちはペロロさんを見ると、態度を急変させ盛り上がり始めた。


 このダンジョンを選んだだけに、やつらはロリコンのようだ。


「最悪。僕ああいうロリコンって、大嫌いなんだよね」

「これは、戦うしかなさそうだ」


 男たちは未だにペロロさんを舐めますように見ながら、僕っ娘がどうとかほざいている。


 こんなやつらにペロロさんが捕まれば、どうなるかは決まっていた。


 オタオークやオタガッパに捕まるのと大差がない。


 つまり、こいつらはモンスターだ。


 人間と思ってはいけない。


 ここは先手必勝だ。


 俺は頬から激臭の水鉄砲を取り出す。


「えっ、それって……」


 この武器を見て、ペロロさんの顔が引きつる。


 だが俺は構わず、男たちに向けて発射した。


「なっ! ぐぇええええ!!」

「くせえええええ!!」

「目がぁ! 目がぁああああ!!」

 

 そして激臭の水鉄砲を収納すると、ピンパチで一人一刺し急所を狙う。


「一人やられたのに、油断しすぎだろ」


 思った以上に呆気なく、三人の男性プレイヤーは消えていった。


 あの二槍ゴブリンよりも、全然弱い。


 何かアイテムを手に持っていたようだが、使う前に仕留めることが出来た。


 あれだけ余裕があったのならば、使われれば危なかったかもしれない。


「クルコン君、倒したのは良いけど、くさぃよぉ~」

「あ……ごめん」


 ペロロさんはそう言いながら、鼻を押さえて涙目になっていた。


 俺は感覚が麻痺していたが、激臭の水鉄砲は本当に臭い。


 それは残り香でも同様だ。


 大部分はあの男性プレイヤーと共に消えたのが、せめてもの救いだろう。


「それと、僕の出番がなかったんだけど!」

「ごめんって、ペロロさんにもしものことがあったらと思ったら、体が動いていたんだ」

「そ、そうなんだ……ま、まぁ、今回はいきなりだったし、結果として最小の動きで仕留められたと思うから、許してあげるよ!」


 顔を赤くしながら、どこか偉そうにペロロさんは言ってプイっと横を向く。


 戦闘に参加できなかったことが、そうとう悔しかったらしい。


 いや、分かっている。


 俺の臭い台詞を聞いて、恥ずかしくなったのだろう。


 言った言葉を思い出して、俺も恥ずかしくなった。


「そ、そうか。ならとりあえず、先に進まないか? 念のため、罠にも気をつけていこう」

「そうだね。ここは臭いし、先に進もうか」


 そうして俺とペロロさんは、洞窟の先へと進む。


 ちなみに、プレイヤーを倒しても得る物は無い。逆に言えば、何か罰則がある訳でもなかった。


 なのでランダムパーティでは、度々事件が発生する。


 しかし動画は残るので、犯行は簡単に発覚するわけだ。


 プレイヤーたちはそうしたプレイヤーを指名手配して、ブロックをする。


 ブロックしたプレイヤーとは、ランダムパーティでマッチングすることはない。


 そしてキルしたプレイヤーと、キルされたプレイヤーは履歴をモニターで確認することができる。


 イベントが終わり次第、さっきの男性プレイヤー達は履歴から探してブロックすることにした。


 もちろんイベント後にペロロさんにも個人チャットで伝えて、ブロック処理してもらう。


 ああいう連中は、絶対に逆恨みしてくるに違いない。


 面倒は少しでも避けるべきだ。


 これは、経験則である。




 それからの道中は、至って平和だった。


 いや、実際にはオタガッパが出るのだが、相手にならない。


 また罠類もなく、真っ暗なこと以外問題なかった。


「あ~やっぱり、お宝を先に取られていたみたいだね」

「まあ、あの瓶底眼鏡を見たときに予感していたが、実際見るとくるものがあるな」


 俺たちの目の前には、空箱が置いてある。


 不意打ちをしてきたあの男が装備していた瓶底眼鏡は、ここで手に入れたのだろう。


 効果はおそらく、暗闇でも視界を確保できることだろうか。


 またあの男は直前まで気配が掴めなかったので、気配を消す装備も持っていたのだろう。


 それと、後から来たやつらの気配も急に現れた。


 ペロロさんが使った木のうろみたいに、入っている間気配を遮断するアイテムを使っていたのかもしれない。


 あの不意打ちが決まっていれば、本当に危なかった。


 やつら自体は弱くても、装備やアイテム、作戦を駆使することで難敵になりえる。


 俺自身も、驕らずに日々精進していこう。


 そうして、俺とペロロさんはお宝部屋を後にする。


「どうしよっか? このまま進む?」

「そうだな。これは予想だが、奥にはボスがいる気がする。挑んでみる価値はあると思う」

「なるほど。僕も戦い足りないし、行ってみようか」


 仮にいなくても、それはそれで仕方がない。


 逆にボス部屋がある場合、おそらく倒されてはいないだろう。


 倒したやつらは小汚いが、怪我や消耗は見受けられなかった。


 それで倒しているなら、あんな簡単にはやられるはずはない。


 仲間意識も薄そうだったし、ボスは避けたのだろう。


 そういえば、それなのによくお宝部屋の装備をあの男は持っていたな。


 瓶底眼鏡だし、デザインの問題か? それとも、あの男こそリーダー的存在だったのかもしれない。


 このイベントでパーティシステムはないが、偶然出会ったにしては出来過ぎている。


 事前に、エリアの南東に集まることを話していたのだろうか。


 俺は出来なかったが、他のプレイヤーは直前まで連絡をとれたのかもしれない。


 スマホはダンジョンは使用できないが、ガチャのある神殿では使用できる。


 またこの世界のアプリをインストールできるので、スマホをこの世界に持ってきた者たちはある意味優位だ。


 まあ、俺はソロになってから自室に置きっぱなしだけど。


 無くしたり盗まれるのも嫌だし、そもそも自室ではモニター画面で事足りる。


 しかし、今後のことを考えたら小さなバックに入れておくのも良いかもしれない。


 頬に入れた小さなバックなら、無くしたり盗まれる心配をしなくても大丈夫だ。


 俺がそんなことを考えている間にも、探索は順調に進んでいく。


 そして案の定ボス部屋が見つかり、俺たちは扉の前にやってくる。


 開かれた扉には、虹色の膜が波打っていた。


 中は確認できないが、おそらく未攻略だろう。


「準備は大丈夫かい? 僕はいつでも行けるよ!」


 ペロロさんはシャドーボクシングをしながら、元気に笑みを浮かべてそう言った。


 ボスエリアということで少々不安はあるが、ここで先に進まないという選択はない。


「俺も問題ない、行こうか」


 俺とペロロさんは一度視線を合わせると、お互いに頷いてボスエリアへと足を踏み入れた。

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