016 ボスエリア

 ボスエリア内は道中と違い、何故か明るかった。


 天井が高く、光る石がところどころに埋め込まれている。


 そして目の前には細い道があり、奥は広い円状だった。


 加えて一番奥には滝があり、円状の周囲は地底湖になっている。


 あの水は、オタガッパがいた湖から流れてきているのだろうか。


 だとすると湖の水はどこからきているのか気になるが、今はそれどころではない。


「集団タイプか」

「そうみたいだね」


 俺の言葉に、ペロロさんも同意する。


 広い円状の場所には、数十匹のオタガッパがいた。


 視線はこちらに向いているが、なぜか向ってこない。


「もしかしなくても、向こうに行くまで待っているみたいだな」

「それか、細い道を通っている時に襲ってくるかもね」


 とりあえずここにいる限り襲ってこないので、俺はピンパチにつけていた懐中電灯を取ってしまう。


 ピンパチの先端が軽くなったので、これで戦いやすくなった。


 ちなみに、ペロロさんはヘッドライトの電気を消すだけにとどめて、装着したままだ。


 さて、どうしたものか。


 向こうから来てくれれば、細い道で対処することで有利になる。


 複数を同時に相手にするよりも、一対一を多く熟す方がやりやすい。


 あとは地底湖の中に敵が潜んでいるかだが、見る限りいなさそうだ。


 水質は透き通っているので、どこかに隠れていなければ、目の前の敵が全てだろう。


 それと数が多いだけで、上位種は見当たらない。


 けれども後から登場する可能性もあるし、気は抜けないな。


「ペロロさん、ここから攻撃する手段はあるか?」

「う~ん。残念だけど僕は完全近距離型だからないね」

「そうか。俺もあの距離は無理そうだ」


 唯一の飛び道具である激臭の水鉄砲だが、そこまで飛距離はない。


 それに、オタガッパにはあまり効かない気がした。


 仮に効いたとしても、地底湖に飛び込んで洗い流せば済んでしまう。


 他に考えられる手段とすれば、尻穴爆竹の串を一匹に刺せば密集しているので、かなりの効果が期待できることだろうか。


 どうにか一匹に刺して、素早く離脱すればなんとかなるだろう。


 あとは二槍男色ゴブリンときのように、自分自身に刺したあと素早く投擲すればより安全に対処できそうだ。


 しかしその手段は、ペロロさんもいるし出来れば避けたい。


 いや、わかっている。


 こんな状況だ。俺が恥を捨てればいい問題だろう。


 だがそれを行うことで、人として何かを失ってしまう気がした。


 俺がそんな風に葛藤かっとうしていると、ペロロさんがあることを提案してくる。


「クルコン君。もしかしたらあのオタガッパたちを誘い出せるかもしれない。少し恥ずかしいけど、こんな作戦はどうかな。僕が――というのは」


 俺はペロロさんの作戦を聞いて、オタガッパたちを十分釣りだせることを確信した。


 オタガッパたちのあの目を見れば、成功率が高いことがよく理解できる。


「わかった。試してみる価値はあると思う。けど、無理してやるのであれば、他の方法でも大丈夫だが」

「問題ないよ。よく鏡の前でしていることだからね。それに、放送を見ている人がいるとしても、肝心の部分は謎の光で保護されるはずだからね。オタガッパはモンスターだし、ノーカンかな。クルコン君なら親友だし、べ、べつに見られても構わないよ」


 ペロロさんはそう言うが、やはり恥ずかしいのか顔を赤くしている。


 だが、ここまで覚悟を決めているのであれば、もはやこれ以上心配するのは無粋だろう。


「そうか。なら、俺はいつでも対処ができるように身構えておく」


 ピンパチを握りしめて、俺は何があってもペロロさんを守ることを心の中で誓った。


 そして、ペロロさん発案の作戦が実行される。


「お兄ちゃんたちぃ~。そんなに集まってなにしてるのぉ? もしかして、細い道が怖くて渡ってこれないのかなぁ~? だっさぁ~ぃ! プククーッ!」


 ペロロさんがそう言ってメスガキムーブをかますと、左手を口元に持っていき煽るように笑い声を上げた。


「こんな可愛い僕をエッチな目で見てるくせに、誰一人としてこないなんて、みっともなーぃ! ざ~こぉ♡ ざ~こぉ♡」



 続いてペロロさんは短いスカートの端を持ち、オタガッパたちを煽るようにヒラヒラと波を立たせる。


 よく見れば、若干白い下着が見えては隠れるを繰り返していた。


「がっぱ!」

「ろりぃ! ろりぃっぱ!」

「わからせっぱ!」


 オタガッパたちもこれには我慢の限界なのか、一人、また一人と動き出す。


 しかしそれでも、細い道までくると動きがやけに慎重になっていた。


 個体によっては、両手を地につけて四足歩行で進み始めている。


 どう考えても、これは異常だ。


 もしかしたら、このボスエリアにはオタガッパたちが恐れる何かがいるのかもしれない。


 現状を見れば、その存在がいるのは明らかだ。


 すると案の定、地底湖に変化が生じ始める。


「ペロロさん、下がって!」

「ひゃぁ!?」


 俺は細道の近くでメスガキムーブをしているペロロさんに、後ろから左手を回す。


 そして柔らかい腹部で腕を固定すると、後ろへと強引に下がらせる。


「ががっぱ!」

「ろりぃ!」

「がばばば!」


 ペロロさんは俺の行動に驚きの声を上げるが、その瞬間目の前の光景に言葉を失う。


 地底湖から巨大な怪魚が現れ、細道ごとオタガッパを飲み込んだのだ。


 オタガッパたちは成す術もなく喰われ、怪魚は再び地底湖の中へと消えていく。


 俺は怪魚に視線を固定させていたが、不思議なことにまるで幻のように、その姿が見えなくなる。


 これほど澄んだ地底湖なのにもかかわらず、あの巨体が見えなかった意味を理解した。


「な、なんだよあれ……」

「でっかい、お魚だったね……」


 ぱっと見だったが提灯ちょうちんのない巨大なアンコウであり、色は綺麗な薄い水色である。


「オタガッパたちがなんでこっちに来なかったのか分かったが、これは最悪だ」

「そうだね。あれは、ちょっと勝てそうにないかも」


 あの大きさや、細道を破壊してオタガッパに喰らいつく鋭い歯を見れば、その強さは言うまでもない。


 ましてや水中戦など不可能であり、あの広い円状の場所に打ち上げられたとしても、果たして勝てるかどうか。


 背後の扉は、入場時に閉まっている。


 脱出は不可能だ。


 敵を倒すか、諦めて自決するかの二択しかない。


「最初にあの細い道を渡っていれば、喰われていたのは俺たちだったかもな」

「うん。安易に突撃しなくてよかったよ」


 酷い所見殺しもあったものである。


 対岸のオタガッパたちを見ればすっかり怯えてしまい、こちらへの敵意は無かった。


 あの様子であれば、こちらを襲ってくることは無さそうだ。


 しかし、状況は最悪と言わざるを得ない。


 あの怪魚を倒さなければ、ここを出ることは不可能だ。


 難易度がバグっている。


 ボスエリアは、普通出現するモンスターに関連したものが出るはずだ。


 けれども実際に現れたのは、遥かに格上の怪魚である。


 オタガッパは餌でしかなく、ボスとは無関係の第三勢力という感じだ。


 こんな状況だがオタガッパたちと共闘できるはずもなく、俺とペロロさんの二人でどうにかするしかない。


 むしろ仮に怪魚を先に倒せば、漁夫の利を狙ってオタガッパたちが襲い掛かって来るだろう。


 だがそれでオタガッパたちを先に処理し始めれば、不意に怪魚が襲ってくるかもしれない。


 先ほどの動きを見るに、不意に襲われたら回避は非常に難しいだろう。


 八方ふさがりとは、このことだ。


 これは本格的に、自決という選択肢が脳裏に過ってしまう。

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