019 真のエリアボス

「ここは……はっ!? クルコン君!」


 しばらくして、ペロロさんが目を覚ました。 


 そして俺を見つけると、嬉しそうに近寄ってくる。


「目が覚めたようで良かった。体に異常はないか?」

「僕は大丈夫だよ! それよりもクルコン君こそ大丈夫なのかい?」


 ペロロさんは自分のことよりも、俺のことを心配してくれた。


 それに少し照れくささを覚えつつも、目が覚めたので気になったことを訊いてみる。


「ああ、俺はペロロさんのおかげで助かったよ。それよりも、あの時の力は何だったんだ?」

「力? 正直、僕にも分からないよ。ただクルコン君を助けなきゃって思ったら、体に力があふれたんだ」


 その言葉を耳にして、俺は仲間のピンチに力が目覚める、主人公のようだと思った。


「まるで、どこかの主人公みたいだな」

「そ、そうかなぁ。じゃあ、クルコン君は主人公に助けられるヒロインだね?」

「はは、そうかもな」


 あの時は驚いたが、同時にペロロさんがカッコ良く見えたことには違いない。

 

 ヒロインと言われて、つい同意してしまった。


「じゃあ、そんな助けられたヒロインちゃんは、僕に惚れたかい?」

「ああ、もうメロメロだ」

「ふふっ、これでクルコン君は、僕のハーレム1号だね!」

「こりゃ、とんだ大物だな」


 そんな軽口を言って、俺たちは笑い合う。


 けれども結局、ペロロさんのあの力は分からないままだ。


 この世界はスキルや特殊能力などは、存在しないと思われていた。


 だがもしかしたら、何かがきっかけで目覚めるものかもしれない。


 それとも気が付いていないだけで、実はすでに特殊な力が備わっているのか?


 俺の場合思い浮かぶのは、あの狂ったようなガチャ運だ。


 特殊なダンジョンを必ず引き当てる能力か……ハズレ過ぎだろ。


 仲間のピンチに力を発揮するペロロさんとは、大違いだ。


 よくよく考えれば、プレイヤー中には超人的な身体能力を発揮する者がいた。


 その者たちは身体能力を上昇させるという、単純な能力ゆえに分かりやすい。


 だが俺も含めてプレイヤーは、地球の頃より多少なりとも超人化しているので気が付かなかった。


 トッププレイヤーなら、それくらい超人化すると思ったのもあるだろう。


 また超人化には、個人差があるという意見もあった。


 あとは、分かりやすい特殊能力保持者が現れなかったというのも、あるかもしれない。


 いや、ただ単に俺が知らないだけだったり、能力保持者が隠していた可能性もある。


 俺はそこまで情報収集に積極的ではなかったし、そのつけが回って来たな。


 念のため、ペロロさんにも他に特殊能力を持っている者がいないか訊いてみる。


「ペロロさんは、プレイヤーの中に特殊な力を持っている者を知っているか?」

「あぁ、それなら、手の平から炎を出す火炎魔凶かえんまきょうという人物が有名だね」

火炎魔凶かえんまきょう?」


 どうやら、ペロロさんは特殊能力保持者を知っているらしい。


「うん。本人は特殊な装備効果と言っているけど、それらしい装備が見当たらないから、スキルか何かじゃないかと噂になっているよ」

「なるほど」


 そういえば、この世界には特殊な効果を発揮するアイテムや装備があった。


 俺の持っている泥棒リスの頬袋などが、正にそれだろう。


 普段はポケットに入れているし、はたから見れば特殊な能力やスキルに思うかもしれない。


 その火炎魔凶かえんまきょうというプレイヤーも、本人が言っている通りの可能性もあるわけだ。


 つまり特殊な力を持っていたとしても、実際には確認のしようがない。


 この世界に来てからそこまで経っていないが、トッププレイヤーと呼ばれる者たちは既に何人もいる。


 その中には当然特殊な能力と言ってもおかしくない、強力なアイテムや装備を所持している者が何人もいた。


 どちらにしても時が経てば、その内特殊能力についても判明していくだろう。


 今は、これ以上考えても仕方がない。


 それよりも、この洞窟の先を意識する必要がある。


 出口が無ければ、完全に詰む。


 ここから引き返すことは、不可能だ。


 なので、準備は念入りにしておく必要がある。


 それから小さなバッグに入れていた僅かな食料と水を取り出して、ペロロさんと分け合った。


 水は滝に戻れば補給できそうだが、危険なので行くのはやめている。


 それで怪魚にやられたら、これまでの苦労が水の泡だ。


 そして休憩もほどほどに、俺たちは先へと進む事にした。


 俺はピンパチを手に持ち、ペロロさんはメリケンサックを装備している。


 隊列は最初と同じ通り、ペロロさんが前衛で俺が後衛だ。


 滝の裏の洞窟は、長い一本道になっている。


 壁には所々、光る石が埋め込まれていた。


 なお光る石は無理やり壁から取ると、光を失ってただの石ころになってしまう。


 使えたら便利だったが、こうなってしまえば仕方がない。


 そして敵が現れるという事もなく、俺とペロロさんは一番奥へと辿り着く。


「あれは……オタガッパか?」

「何だか、仙人みたいだね」


 広々とした空間に出ると、何やら胡坐あぐら姿のオタガッパが一匹いた。


 よく見るとしわくちゃでせており、仙人のような長いひげを生やしている。


 どうやら、こちらには気が付いていないみたいだった。


 もしかしたら、既に死亡しているのだろうか?


 いや、それなら消えていないとおかしい。


 つまり、あのオタガッパは生きている。


「おそらく、オタガッパの上位種だ。油断しないで行こう」

「そうだね。それに、倒せば何か起きるかもしれないね」


 現状、この空間は行き止まりだ。


 そしてこれ見よがしに、上位種と思われるオタガッパがいる。


 戦闘は避けられないだろう。


 俺とペロロさんは覚悟を決めると、仙人のようなオタガッパ。仙人ガッパに攻撃を仕掛ける。


 気が付いてないなら、好都合だ。


 俺は頬から激臭の水鉄砲を取り出すと、仙人ガッパに先制攻撃を仕掛ける。


「がぱ?」

「なっ!?」


 だが、俺の攻撃は水の膜のようなものに防がれてしまう。


 水の膜は、仙人ガッパの周囲を円になるように展開している。


 しかも今の攻撃で、仙人ガッパに気が付かれてしまった。


 加えて仙人ガッパが両手を上げると、そこに水の塊が出現する。


 そして仙人ガッパは、それをこちらに飛ばしてきた。


「がぱぱぱぱぱっ――ぱっ!」

「えっ!?」

「危ないっ!」


 俺は激臭の水鉄砲を手放すと、空いた腕でペロロさんを抱え回避する。


 水の塊は俺たちの横を通り過ぎて、地面をえぐった。

 

 あれを受ければ、人間の体など簡単に破壊されるだろう。


「た、助かったよ」

「ああ、けど俺のことを気にするよりも、自分のことを気にしてくれるとありがたい」


 ペロロさんはあの攻撃時、避ける事よりも一瞬俺のことを気にしたのだ。


 それにより、回避が遅れていた。


 俺が抱えて避けなければ、何かしらのダメージを受けていたかもしれない。


 怪魚の事があっただけに、ペロロさんは俺を守ることを優先してしまったのだろう。


「う、うん、分かったよ」


 ペロロさんも、今のことは咄嗟とっさに体が動いたのかもしれない。


 自分でも、今の行動はまずかったと理解している。


 なら、次は大丈夫だろう。


 それよりも今は、あの仙人ガッパとどう戦うかが問題だ。


「とりあえず、二手に分かれて戦おう。その方が敵の攻撃が分散するし、隙を狙える」

「了解」


 現状ではこんな提案しかできないが、ペロロさんは俺の指示に従って動き出す。


 俺もペロロさんの逆サイドから、仕掛けることにした。


「がぱっ!?」


 すると仙人ガッパもどちらを狙うか悩む。だが、そこはオタガッパの上位種。ペロロさんの方を狙い始める。


「がぱぱぱぱ!」

「ふふっ、来ると分かっていれば、そんなの当たらないよ! ざぁ~こ♡」


 仙人ガッパは先ほどよりも小さな水の塊を作り出すと、ペロロさんに向けて何度も発射した。


 けれどもそれに対して身軽なペロロさんは、水の塊を完全に見切っていく。


 加えてメスガキムーブをかまして、仙人ガッパを煽る。


「ろりっ! がぱぱっ!」


 その言葉に挑発されて、仙人ガッパはムキになりペロロさんをより集中して狙い始めた。


 おいおい、俺のこと忘れてないか?


 あまりのスルーっぷりに俺は呆れながらも、仙人ガッパの死角からピンパチを突き刺す。


「くっ!」


 だが当然とばかりに、水の膜がピンパチを阻む。


 途中までは突き刺さったが、仙人ガッパへと届く前に止まってしまった。


「がぱ? ぱっ!」

「ぐぁ!?」


 そして俺の攻撃に気が付いた仙人ガッパは、素早い動きで接近して張り手を放ってくる。


 俺はそれを避けられず、胸に受けて後方へと吹っ飛んだ。


 ピンパチは水の膜に絡めとられた事が災いして、そのまま手放してしまう。


「クルコン君!!」


 ペロロさんが俺を呼ぶが、答えることが出来ない。


 い、息がっ……。


 あまりの衝撃に、呼吸すらままならない。


 胸には激痛が走り、立ち上がれなかった。


「ぎゃぱぱ!」


 そんな俺を見て、仙人ガッパのあざ笑う声が聞こえてくる。


 視線を向ければ、その手にはピンパチが握られていた。


 くそっ、あの強さで武器まで奪われたのか。


 奇襲の時といい、怪魚のときといい、俺は足を引っ張ってばかりだ。


「クルコン君! 今行くよ!」

「がぱぱ!」

「くそっ! 邪魔をするな!」


 仙人ガッパは俺を一目見てニヤリと嫌な笑みを浮かべると、ペロロさんに向けて先ほどと同じように攻撃を始めた。


 あの野郎。わざと俺を見逃しやがったな。


 それに、ペロロさんに対してはどこか手加減しているように見えた。


 おそらく、捕獲しようとしているのだろう。


 仙人ガッパが何を狙っているのか、予想できてしまう。


 動けない俺の前で、ペロロさんを凌辱しようとしているのだ。


 それだけの余裕が、あいつにはある。


 くそがっ、許せるはずがない。


 だが、どうすればいい?


 激臭の水鉄砲は手元になく、ピンパチは奪われてしまった。


 水の膜が邪魔をして、尻穴爆竹の串も使えない。


 たとえ二槍ゴブリンの時のような使い方をしても、爆風は水の膜で防がれて終わりだろう。


 つまり、俺には仙人ガッパを倒せる手段が無かった。


 であるならば自然と勝つ道筋は、怪魚の時みたいにペロロさんが特殊な力を発揮するしかない。


 だがそんな俺の考えは、簡単に潰されてしまう。


「な、なんで!? なんであの力が使えないの!? クルコン君がピンチなのに! 何で!?」


 事態は最悪なことに、ペロロさんはあの力を使えないようだった。

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