020 仙人ガッパ

「ぎゃぱぱ!」


 仙人ガッパは、ペロロさんが疲れるまで攻撃を続けるつもりのようだった。


 水の塊は慣れれば回避はたやすいとはいえ、当たればかなりの痛手を伴う。


 その緊張や現状の焦りもあり、ペロロさんもずっと避け続けることは難しい。


 くそっ、まじでどうすればいい?


 ペロロさんはあの力を使えないみたいだし、いったいどうすれば……。


 物語なら何か力を覚醒させて一発逆転するところだが、そんな甘い話はない。


 そもそも俺の隠された力は、おそらくあの狂ったガチャ運だろう。


 どう考えても、この状況を打開できるものではなかった。


 このままでは、あの仙人ガッパにやられるのは時間の問題だ。


 もしやられてしまえば、待っているのはペロロさんの凌辱である。


 自決の手段も、あの様子では封じるだろう。


 だからこそ、俺の命に変えてもそれは阻止しなければならない。


 であるなら、こんなところで倒れている暇はなかった。


 俺は歯を食いしばると、静かに立ち上がる。


 張り手のダメージは、かなり抜けてきた。


 動くのは問題ないだろう。


 仙人ガッパはどうせ俺が何もできないと思っているのか、一度こちらを見た後興味を無くしたように、攻撃を続けている。


 完全に舐められていた。


 だが実際仙人ガッパを倒すどころか、ダメージを与える手段も無いのは事実である。


 ここで仙人ガッパを殴りつけようものなら、水の膜に阻まれて反撃をくらうだろう。


 加えて次にダメージを負えば、今度こそ動けなくなる。


 だとすれば、結局一か八かの賭けに出るしかない。


 このままやられるよりは、断然マシだ。


 俺は勝つために、一つの細い道筋を描く。


 機会を待て。焦るな。チャンスは必ず来る。


 仙人ガッパとペロロさんの動きを見ながら、俺は少しずつ移動を開始した。


 仙人ガッパは俺がどうしようが、見向きすらしない。


 絵に描いたような、強者の油断だった。


 そして、その時が来る。


 ペロロさんが回避しながら移動した先は、ここに来た時の出入口の前。


 それが、作戦の開始タイミングだった。


 俺は走り出すと、ペロロさんを左脇に抱え上げる。


 「く、クルコン君!?」


 当然ペロロさんは困惑するが、構わず俺は唯一の出入口へと逃げ込んだ。


 幸い、この出入口はボス戦でも塞がれてはいない。


「がぱぁ!? ろりっぱ!」


 そして仙人ガッパも、獲物を逃がすものかと追いかけてくる。


「く、クルコン君、降ろして!」

「だめだ。今は俺を信じてくれ!」

「く、クルコン君……」


 流石にペロロさんも、これには不安を隠せないようだ。


 しかし、ここまで来たら俺も止めるわけにはいかない。


「がぱ? ががっぱ!!」

「あっ、水の膜が通るのに邪魔で消したよ! 今がチャンスだから、仕掛けようよ!」

「それもだめだ」


 後ろ向きに抱えられているペロロさんは、背後で起きた事を俺に伝えてくる。


 あの水の膜のサイズからして、通れなくなるのは見越していた。


「え……クルコン君、何をするつもりなの?」

「成功すれば、一矢報いることのできる賭けをするのさ」

「か、賭け!?」

「そう、賭けだ」


 ペロロさんは俺の言葉に、驚きの声を上げる。


「がぱぱ!」

「あのオタガッパ、水の盾みたいのを出したよ!」


 すると、背後から仙人ガッパが迫ってくる気配を感じた。


 ペロロさんが言うには、水の膜ではなく盾をだしたらしい。


「がぱっ! ろりっ!」

「あっ、でも両手が塞がっているから、水の塊を放ってこないみたい!」

「それは朗報だ!」


 俺は水の塊が飛んでくることも視野に入れていたので、これはうれしい。


 飛んでこなければ、作戦の成功率は一気に上がる。


 この狭い道で、水の塊を逃げながら回避するのは厳しいと考えていたからだ。


 そうして俺は逃げ続け、とうとう滝の前までやって来た。


 周囲を見渡し、不備がないかチェックする。


「く、クルコン君! ここからどうするの!?」

「大丈夫だ。手はある」

「本当に? ぼ、僕、クルコン君のこと信じてるからね!」

「ああ、任せろ」


 ここまで来たなら、失敗は許されない。


「ぎゃぱぱ!」


 仙人ガッパも、追い詰めたという風に笑い声を上げる。


 俺はその声に反応して、体ごと振り返った。


「がぱっ! がぱっ!」


 すると仙人ガッパは俺のピンパチを地面に突き刺し、空いた右手から水の塊を放ってきた。


 しかしそれは、俺を狙ったものではない。


 大きく外れたかかと思えば、地底湖へと着弾して水しぶきを上げる。


「く、クルコン君! か、怪魚! 怪魚が出てきたよ!! 水面から顔を出して、僕たちのことを見てる!!」


 ペロロさんの言う通り、仙人ガッパの狙いはそれだったのだろう。


 この洞窟の奥にいたということは、あの怪魚のことを知っていても何ら不思議はない。


「ぎゃぱぱ!」


 仙人ガッパからすれば、完全に追い詰めたと考えているようだ。


 不快な笑い声が、耳に響く。


 ペロロさんを捕まえようとしていた仙人ガッパだが、その嗜虐しぎゃく性から必ずそうすると思っていた。


 これで、作戦はほぼ成功したと言っても過言ではない。


 俺は空いている手で、頬から尻穴爆竹の串を取り出す。


「がぱ? がぱぱ!」


 仙人ガッパは、そんな物で何をするのかとあざける。


 だがそれでも油断はしていないのか、体を覆うほどの水の丸盾でしっかりと防御していた。


「ペロロさん。本当に申し訳ないけど、どうか理解してくれ。後で怒りはちゃんと受け止める」

「へっ? ぎゃっぁあああ――」


 俺はそう言って、ペロロさんの尻に服の上から尻穴爆竹の串を突き刺した。


 狙った通りのところに刺さり、尻穴爆竹の串は起動する。


「がぱ?」


 仙人ガッパはその行動を見て、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


 だがその隙を見逃さず、俺は仙人ガッパの足の隙間から後方へと尻穴爆竹の串を投擲して、地面へと突き刺す。


「い、いたいよぉ! お、お尻ぃ!」


 ペロロさんの嘆きの声が聞こえるが、今はそれどころではない。


 俺は洞窟の入り口付近ギリギリから斜め上へと跳躍して、崖の出っ張りに何とか掴まった。


 すると同時に、洞窟内からは爆音が鳴り響く。


「がががぁ!?」


 そして仙人ガッパは爆風で吹き飛び、地底湖へと頭から落ちていった。


「これで、俺の勝ちだ」

「がっぱ! ろりっ! ががぁああ――!」


 すると当然の如く仙人ガッパは怪魚に喰われて、地底湖の底へと消えていく。


 この瞬間に俺とペロロさんは、賭けに勝って窮地きゅうちを脱したのだった。


「クルコン君……勝てたことと、僕のお尻のことは別問題だからね」

「……はい」


 けれども俺の窮地は、まだ続くらしい。


 自業自得だが、誰か助けてくれ……。

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