第5話 そんなこと……

 大変です。大変なことになりました。

 食事を済ませ今は宿のお風呂場にいるのですが、なんとアリーシャ様も一緒なのです!


「どうしたのメアリ。背中を流してあげるから早く来なさい?」


 おいでおいでと手招きをされています。タオルで体を隠すので精一杯だと言うのにそれどころではありません。


「やっぱり恥ずかしいですよ……」

「女同士でなにを恥じることがあるの? さ、体を洗うのにそれは必要ないでしょ?」


 そうしてタオルを取られてしまいました。手で隠すしかなくなってしまった私は、アリーシャ様のふくよかな部分を見ながら言います。


「アリーシャのように大きくないから恥ずかしいんです」

「まあ、そんなことを気にしていたの?」


 そんな、そんな、そんなこと……。

 アリーシャ様が意外だといわんばかりの反応をしたのもあって、私はもう現実逃避してうずくまるしかありません。


「どうせ、持たざるものの気持ちはわかりませんよぅ……」

「持っていてもそこまでいいことはないわ。それより、メアリの肌はすべすべで羨ましいわ」


 腕に優しく触れられると、思わず声が出てしまいそうになるので堪えます。


「アリーシャだって変わらないと思いますけど」

「そうかしら。だったら確かめてみる?」


 アリーシャ様が私に背中を向けて微笑んだので、恐る恐る触れてみたところまるで絹のような肌触り。

 私はうっとりしながら呟きます。


「天は二物も三物も与えてしまったようですね……?」

「今なにか言ったかしら? さて、湯船に浸かって温まりましょうね」


 そうしてアリーシャ様と向かい合っています。

 段々と慣れてきたというのはおかしな言い方ですが、恥ずかしい気持ちが少しずつ薄れてきたのも事実です。

 そもそもアリーシャ様は女神様なのですから、邪な気持ちでご神体を眺めてはなりません。

 ちゃぷんという音を耳にしながら、そう自分に言い聞かせているとばっちり目が合いました。


「メアリ、わたし疑問に思っていることがあるのだけれど」

「なんなりとおっしゃってください」

「魔法と言うのは、なんらかの対価を支払って使うことのできるものだと幼い頃から聞いているわ」

「ええ」

「けれどね、わたしは普段となにも変わらないように思えてならないのよ」


 さすがはアリーシャ様、鋭いです。魔法の行使には魔力の消費はつきものですからね。

 ですが回答はすでに用意してあります。


「アリーシャは特異な体質で、魔力の回復速度が並外れているのですよ。以前旦那様がそう話されていました」

「そう、お父様が……。突然魔法が使えるようになったのも不思議に思っていたけれど、知らない間に兆候があったわけね」

「そうなりますね」


 どうやら納得されたご様子で水面に視線を落としました。

 嘘をついているのは心苦しいですが、すべてはあなた様を思えばこそ。どうかお許しいただきたいです。


「ところでメアリ、明日は朝早くからギルドに出向くのよね?」

「はい。つきましては職員さんとのお話を私にお任せいただきたく」

「それはいいのだけれど、なにか特別なことでもあるのかしら?」

「目的のための交渉のようなものですね」


 お風呂からあがりお互いの髪をかすのも、抱き枕になって一緒に眠るのも私達の日常となりつつあります。

 とは言え、私はいまだどきどきしてばかりなのです。それでもお屋敷にいた時よりアリーシャ様との距離が近くなったのを実感しております。


 朝目覚めてすぐ、私は単身ギルドへ向かいました。

 アリーシャ様には手製のクッキーを焼いておきましたので、今頃紅茶片手に美味しく召し上がっていることでしょう。


「おはようございます。ええと、アリーシャさんのお知り合いの方でしたよね?」


 ギルドの受付の方が私に気づくとお辞儀をしました。私も同じように頭を下げます。


「メアリと申します。本人の同意はもらっていますので、昨日仰っていた件について伺いたく参上しました」

「さて。アリーシャさんですが、最近の活躍をかんがみましてランクを引き上げる予定です。個人的にはB相当かなと思うのですが、ギルド長の意向もありまして……ひとまずはCとさせてください。そして今からお話するのは――」


 要約しますと、ギルド管轄下の空き地に異界のダンジョンなるものが突然現れたそうなのです。

 その調査をしようにもどうやら人手が足りないらしく、ランク以上に実力のありそうな冒険者を探していたとのこと。

 そこで大型新人のアリーシャ様に白羽の矢が立ったというわけです。


「メアリはその調査依頼を引き受けたのよね?」


 昼前に宿へ戻り内容を説明すると、アリーシャ様はサクサクと小気味のいい音を立てながら私に視線を向けました。


「これまでどおりやっていれば問題はなさそうですよ。もし危険な時は昨日のように私が割って入りますし」

「そうは言うけれど、わたしはあなたのことが心配なのよ。もしもがあったらどうするの……?」


 アリーシャ様は眉をひそめ尋ねます。


「ご心配には及びません。それより聞いてください。調査をある程度進めるのを条件に、お家を用意してもらえることになりました!」

「ねえ、それは本当なの?」


 目が輝き出したアリーシャ様を見て、私は頷きます。


「あとは目標に向けて頑張るだけです」

「メアリの交渉のおかげだわ!」

「いえ、私は特になにも」

「謙遜しないの。あなたは本当にいい子ねー」


 子供のようにはしゃぐアリーシャ様から頭を撫でられました。

 どんな些細なことでもいいからお役に立ちたい。

 それが使用人としての、おこがましいですが友としての私の喜びなのですから。

 そう思っているとアリーシャ様はいつにも増して気合いが入っているご様子。


「ではしっかりと準備をしなければならないわね……!」

「そうですね」

「例えばそう、小腹が空いた時のお菓子とかっ」


 きらきらと期待するような眼差し。私はそれに弱いのです。


「……急ぎ用意しておきましょう。調査の許可はすでに出ていますので、タイミングはアリーシャ次第で構いません」

「わかったわ。わたしも必要なものを揃えておくから、宿の外で待ち合わせにしましょう」


 そうして私達はダンジョン調査へと赴くことになったのです。

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