第7話 不意打ち!?

「すみません、その前にあなたはどちら様でしょう?」


 私はそう尋ねます。黒髪で気の強そうな釣り目の女性は、私の手を上下に振り始めました。


「あ、ついつい。あたしはテレジアって言いまぁす! これからよろしくです!」

「どうして私のことをご存知なのですか?」

「いつもお買い物してるところを見てたんですー。メアリさんとっても可愛いしこの人しかいないなあって! それでいつから来てもらえます?」

「あの、私はまだ行くとは返事してませんよ?」


 と残念そうにしているこのテレジアさん。押しが強そうなので少しだけ苦手です。

 どうしたものかと困り果てていると、握られていた手をアリーシャ様が引き剥がしました。


「ごめんなさいね。メアリはうちのメイド……いえ、親友なのよ。勝手に話を進めないでもらえるかしら?」


 お友達からの親友。ここ最近のランクの急上昇っぷりに私は感動しているところです。

 だったのですが、不機嫌そうなテレジアさんがその余韻を打ち破るように口を開きました。


「あなたが誰かは知らないけど、あたしはメアリさんとお話中だから勝手に入らないでくれる?」

「どこまでも失礼な方だわ……」


 アリーシャ様のむすっとした表情は初めてみたかもしれません。

 なにやら睨み合いのようになってきましたし、大変なことになってしまわないか心配です。

 私はアリーシャ様と目配せをすると互いに頷きました。


「すみません。用事がありますので私達はこれにて失礼します」

「メアリさん、あたしは諦めません。絶対に諦めませんからー!」


 テレジアさんの大声を背に私達は宿へと戻ったのでした。


「あの方は一体なんだったのでしょうね……」

「唐突過ぎて驚くばかりだわ」


 初めこそは不穏な雰囲気を漂わせていたアリーシャ様でしたが、時間が経つにつれて笑顔を見せるようになりひとまずほっとしました。


「メアリ」


 お風呂からあがるとぽんぽんとベッドを叩くアリーシャ様。これは寝ましょうの合図です。

 私は隣に転がり込み今日も幸せな気持ちに包まれるのです。

 それは時間が過ぎていき真夜中になった頃です。アリーシャ様からなにか聞こえてくると私は耳を澄ませます。


「メアリ」

「アリーシャ、どうかしました?」


 返事はありません。何度呼び掛けてもすうすうと寝息を立てているようです。


「メアリ……。どこにも行かないで」


 どうやらアリーシャ様は夢の中にいて、私の名前を呼んだのです。もしかすると今日の出来事が関係しているのかもしれません。

 それはさておき、ここまで嬉しいことが他にあるでしょうか。いいえ、あるはずがありません。

 私は一つ思い立ち、アリーシャ様の手を握るとすぐに眠りに落ちました。


「今日だけはメイドをお休みさせていただきます。アリーシャも冒険者はお休みしてください」


 朝、私はいつもとは違う服に身を包みそう告げました。寝ぼけまなこのアリーシャ様は不思議そうに首を傾げています。


「それってどういうことかしら?」

「メイドとしてではなく親友として、これからお買い物につきあってもらいたいのです。だめでしょうか?」

「それは構わないけれど……なにか欲しいものでもあるの?」

「私に似合う服を選んで欲しいんです」


 そうして私達は街の大通りへとやってきました。

 今訪れているのは武具店ではなく服飾を取り揃えているお店です。

 基本的にメイド服で過ごす私には、こういったところに立ち寄る機会もなくよくわかりません。


「これがいいかしら? あ、でもこっちの方がメアリには――」


 真剣な様子で、次から次へと私に服を当てながら悩むアリーシャ様も素敵です。ただ一つ間違いなく言えるのはこの時間が幸せなものだということ。


「いつもモノトーンだし、たまには明るい色に挑戦してみましょうか」


 アリーシャ様から白いワンピースを差し出され早速袖を通してみたのです。

 鏡に映った私は別人のように見えてしまい、段々不安になってきました。


「どうでしょうか……」

「とっても可愛いわ。うんうん、これに決まりね!」


 わずかに頬を赤く染めたアリーシャ様が満面の笑みを浮かべます。

 このあとも普段立ち寄らないようなお店をめぐり、帰る頃には夕方を過ぎていました。


「アリーシャ、言っておきたいことがあります」

「なにかしら?」

「私はどこにも行きません。この先お仕えするのはあなただけです。少し手を貸してもらってもいいですか?」


 翌朝、引き続き調査をするべく準備を終えた私達です。

 私はかしずいてアリーシャ様の手の甲に唇で軽く触れました。忠誠のためとは言え、我ながら思い切ったことをしてしまっています。


「まるで騎士のようね」


 アリーシャ様はふふと笑うと私のすぐ側まで近づいてきました。

 かと思えばどこか表情が強張っているような気がします。

 今のはさすがにまずかったでしょうか?


「な、なにか?」

「わたしからもお返しをしようと思ったの」


 次の瞬間甘い香りがふわりと漂ってきました。それに気を取られていると、アリーシャ様は私の首元に口づけをしたのです。

 なな、なにが起こっているのでしょう!

 あまりのことに私の心拍数は速さを増していきます。


「どうしたのメアリ。顔が真っ赤になっているわ」

「……それは卑怯だと思います」


 聞こえないように呟くとアリーシャ様はにこりとしました。


「さて、今日も一日頑張っていきましょうか」

「そうそう、いつものものはもちろん用意してありますので」

「さすがはメアリね。今度また教えてもらおうかしら?」


 そうして私達は宿を出て冒険者ギルドへと向かったのです。

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