第8話 気づけば膝の上
「メアリ、どうしてこっちを向いてくれないの?」
アリーシャ様と隣り合い歩いています。ですが、昨日のことを思い出すと私は目を合わせられないでいます。
「一身上の都合です……」
「体の調子が悪いのなら今日はやめておきましょうか」
アリーシャ様が不安そうに顔を覗きこんできていますが、それはなりません。私達は一刻も早く調査を終えなければならないのですから。
「いえ、私のことはお構いなくです。予定どおり向かってください」
「そう? なにかあったらすぐに言ってね」
そうしてなんとか持ち直し再び歩き始めた時です。
「あっ、メアリさん! おはようございまーす!」
出ました。テレジアさんが手を振りながら近づいてきています。
昨日のようにアリーシャ様と火花を散らし合うのは勘弁していただきたいです。
よってこの場における正解はこうでしょう。
「さ、逃げますよ」
「ええっ……王子様!」
いいえ、私は一介のメイドです。
手を引いたところアリーシャ様はどこか嬉しそう。背後からの大声を振り切って私達はギルドへと到着したのです。
どうやらここまでは追ってこないようで一安心です。
「お待ちしてました、アリーシャさんとメアリさん。それでは本日もよろしくお願いしますね~」
調査機器を受け取りダンジョンの二層目へ来ています。そのはずなのですが前回とは明らかに違う見た目をしたフロアにいます。
今いる通路の右側にはところどころに窓があり外は真っ暗。
その反対側にはいくつか部屋が存在しています。魔物の姿は今のところ感知できません。
一言で表すなら不思議な空間そのもの。さすがは異界と呼ばれているだけのことはあります。
「あの『1-A』というのはどういう意味なのかしら?」
声に視線を向けると、アリーシャ様が部屋の入り口に掛けられたプレートを指差しています。
「隣の部屋にも『1-B』とありますね」
「順番に入ってみる?」
「いえ、ひとまず私が様子を見てきます。ここは安全なようなので待っていてもらえますか?」
「メアリ……なにかあったらすぐ呼ぶのよ」
私は何度も念を押されたあと部屋の引き戸を開けました。ガラガラと音を立てたあとすぐに閉まります。
中にはいくつかの机と椅子。向かって右手の壁には黒い板が貼り付けられています。影の姿も見当たりません。
この部屋はどういった用途で使われているのでしょう?
しばらく考えていると、突然なにかの映像が頭に流れ込んできました。
――衆目の中裏返る声。一向に覚えてもらえない名前。ざわざわとした中、一人での昼食。
身震いするとなにやら嫌な予感がします。思い出してはいけないと、私に眠るなにかが告げているようです。
もしかするとこれは転生前の記憶なのかもしれません。
そう思い当たったところで複数の影が私を取り囲み始めました。
アリーシャ様を呼んでいる余裕はありません。記憶がよみがえる前にここから脱出してしまうのがいいでしょう。
「アースクエイク」
下位の広域魔法を最小限の力で放ちます。この程度でも露払いにはさして問題はないはずです。
直後、影はすべて消滅しましたが力加減を誤ってしまったかもしれません。
地震のように大きく揺れると空間自体が崩壊を始めました。とっさに障壁の魔法を張り、落ちてくる
完全に揺れが止まったかと思えば、いつの間にか通路に戻っています。そればかりか私は床に寝転がっていました。
「メアリ、大丈夫? ものすごい揺れだったけれど……」
そしてなにより驚いたのは、壁を背にしたアリーシャ様から膝枕をされているということです。
頬に触れる体温を意識するだけで胸が高鳴ります。
「すみません、すぐにどきますから」
「いいのよ無理しないで。落ち着くまでゆっくりしていきましょう?」
体の具合はなんともないのですが、どうやらアリーシャ様からは不調のように思われているようです。
従者たるもの、せっかくのご厚意を断るわけにはいきません。
……と言うのは建前に決まっていますとも。
「少しだけお世話になります」
「もう、そんなに緊張しなくてもいいのに」
「……」
この状況でくつろげという方が無理難題というものでしょう。
初めはそう思っていました。
「メアリの髪はさらさらで気持ちがいいわね」
アリーシャ様は耳元で囁き頭を優しく何度も撫でます。その声と感触に頭がぼうっとして、私はうとうとしてきました。
「アリーシャ、ごめんなさい。ねむたい……」
「今日のメアリはなんだか子供みたいね。いいわよ、おやすみなさい」
まるでゆりかごに揺られているような感覚。あまりの心地よさに意識が遠くなっていきました。
それからどのくらい経ったのでしょう。目を覚まし顔をあげるとアリーシャ様はうつらうつらと眠っています。
起こさないようにそっと抜け出し、入れ替わるようにアリーシャ様の頭を膝の上に乗せました。
さすがに撫でるのは恐れ多いので、ただじっと寝顔を眺めていることにしました。
「この階の調査はこれで終わりです。まだ時間はあるので次へ行きましょう」
三層目へ移ると再び石床と石壁のフロアです。とは言え影の数はこれまでの比にならないくらいにひしめいています。
ここは対多数戦法でいきましょう。私が先行して敵をかき集めていきまとめて仕留めるのがよさそうです。
アリーシャ様に待機してもらい、私は背負ったモップを引き抜き駆けていきます。
「フローズンレイ!」
影を引きつれながら戻り猛吹雪を発動させて鎮圧します。戦闘の流れに慣れてきたのか、アリーシャ様の掛け声のタイミングはばっちりです。
私達はお互いにウインクをして次へと進んでいきます。
都合五層までは同じような流れとなり、私のお腹が鳴ったところで帰還することになりました。
「えぇ……もうそこまで!? あとから入ったにも関わらず、調査隊の中では一番の進度ですよ」
ギルドへ戻ると大層驚かれていました。話によると十層で区切りがつくそうなので、恐らくそのあたりで報酬が得られそうです。
「明日も朝から張り切っていきましょう!」
私達は帰り道に立ち寄った酒場にいます。気合いの入ったアリーシャ様はもぐもぐとステーキを食べ始めました。
「いいですね。その意気ですよ」
「うぅ……もう食べられないわ。ここからはメアリの出番ね」
私は早くもお皿を差し出されています。
「たった二切れじゃないですか。常々思っていましたが、もう少ししっかり召し上がった方がいいですよ」
「ほら、適材適所という言葉もあるでしょう?」
アリーシャ様は確実に甘味のことを言っています。現にメニューをぱらぱらとめくり始めていますから。
まるで子供のような偏食っぷりには困ったものです。
「おいしいですか?」
「ええ、とっても! メアリも一口食べる?」
とは言えこの笑顔に文句などつけられません。
私はステーキの残りをいただきながら、嬉しそうにパフェを頬張る様子を見ていました。
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