第9話 大好きです

「ここが最後みたいですが……?」


 六層は通常どおり。七層の商店街、八層の宿屋、九層のギルド内のようなところを抜けてきました。

 私が崩壊させてしまった例の部屋もそうなのでしょうけど、どうやら私達の記憶を参照しているような雰囲気があります。

 しかしこの十層。


「あら、どうして!?」


 隣のアリーシャ様は大きく目を見開いてきょろきょろとしています。

 それもそのはず。ここはかつてのアリーシャ様のお部屋と瓜二つの場所だったのです。


「そうなるとここはお屋敷なのでしょうか……?」

「どうなのかしら。とにかく確かめてみましょう」


 そう言ってアリーシャ様は扉に近づきドアノブを回しますが、カチャカチャと音がするばかりで開く様子がありません。

 ふと見回すと近くの壁には石で造られた板が貼り付けられています。

 アリーシャ様もそれに気づいたようでともに覗き込みました。


「なにかの手掛かりかもしれないわね。読めないけれど……」


 残念そうにする声が聞こえてきます。

 私は古代文字を読み解くことのできる魔法があったのを思い出し、早速解析してみます。


「なるほど」

「もしかしてわかるの?」


 ぐっと近づいてきたアリーシャ様と視線が合いました。瞳は宝石のように輝いていて、はやくはやくと期待する様子が手に取るようにわかります。


「はい。少々古代文字をかじっていたことがあるもので」

「メアリは本当なんでもできるのね!」


 わしゃわしゃと頭を撫でられ、頬がだらしなく緩みそうになりながら読み上げていきます。


「『この板に強い衝撃を与えよ』とありますね」

「ええと……衝撃ってどうすればいいのかしらね?」

「アリーシャは部屋になにかないか探してもらえますか? 私はもう少し調べてみますので」

「わかったわ」


 アリーシャ様は私に背を向けてベッドの周辺を探り始めました。

 ここでの解はモップによる殴打に違いありません。そうなると今がいい機会でしょう。

 折れてしまわないように、モップ全体に硬化の魔法を施しておき軽い力で振りかぶりました。

 コン、と乾いた軽い音が響くと読み通り扉が開きます。


「アリーシャ、行きましょう」

「え、どうやって開けたの?」

「押していたら急にです。不思議なこともありますね」


 そうして部屋を抜けたのですが、見覚えのある廊下に階下へと繋がる階段が見えてきました。

 やはりあのお屋敷と同じような構造をしているようです。

 私達は一階へ降りて大広間へと歩を進めます。


「帰ってきたかった場所のはずなのに、なにかが違う気がしてならないわ」

「そうですね。どこか静か過ぎるといいますか……」

「メアリ、はやくここを出ましょう」


 アリーシャ様は久しぶりに険しい表情をされました。きっと、自身の忘れられない記憶を汚されたような気持ちになっているのでしょう。

 私は頷くと石版を探し始めます。階段近くに位置している、壷の置かれた台に文字が記されているのを見つけました。


「ありました。『石の像よりでしものを掲げよ』です」

「確か像なら……これかしら。中にあるということよね?」


 アリーシャ様は騎士の像を私に見せました。叩き割るのは私の役目でしょう。


「破片が飛び散ると危ないですしお任せください」

「いいえ。ここはわたしにやらせてちょうだい」


 アリーシャ様は私を制し像を思い切り床に叩きつけました。中から丸い玉が飛び出てくると床に転がっていきます。

 そのまま拾い上げ、天高く掲げたアリーシャ様の表情は凛としていて思わず目を奪われてしまいます。

 そうしている間に通用口への扉が開いていたようです。気づけばアリーシャ様がすぐ側にいて私の手を取りました。


「つい昨日のことのように感じるわね」

「まったくです。ここを抜ければ外へ出られるとは思うのですが」

「また板を探すわけよね?」

「いえ、あちらに。『正直な気持ちを伝えよ』とあります」


 天井を指差すとアリーシャ様は私に向き直りました。


「それはお互いにってことかしら?」

「おそらくは。一度試してみますか? では――」


 そう言いかけたところで、私は人差し指で口を塞がれてしまいました。


「だめよ。わたしから言わせてちょうだい?」


 アリーシャ様のウインクにただ頷くのみです。


「メアリ、いつもありがとう。あなたがいなければわたしはどうなっていたかわからないわ。これからもよろしくね」


 無言の中メアリの番よ、と言いたげな視線を感じます。


「あなたは私のすべてです。こちらこそ今後ともよろしくお願いします。……そして、大好きです」


 正直な気持ちといえば私にはこれ以外ありません。言い終える頃には耳まで熱くなってしまい、目を合わせられないでいます。


「あら、わたしもメアリのこと好きよ?」


 それは親友としてでしょうか……それとも。

 もし私と同じ意味で言っているのならと、淡い希望を抱いてしまいます。

 俯いたままでいると頬をつんつんとされました。


「また顔が真っ赤になっているわね。ふふ、本当に可愛いんだから」

「と、扉が開いたみたいなので行きましょう……!」

「どうして逃げるのかしら?」


 ついに十層までの調査を終えギルドへと帰還しました。


「本当にお疲れ様でした! 住居の鍵をお渡ししておきますね。それから落ち着いてからで構いませんが、ギルド長が直々にお話をしたいと言っています」


 居住区内の一角に位置するこのお家は、もともとギルド職員が使っていたところなのだそうです。

 居間、寝室、浴室、台所、テラスと一通りは揃っています。

 全体的に広々とした空間で、二人で住んでいくのならまったく問題はないでしょう。


「なんだかとってもいいところね!」


 アリーシャ様はすっかりはしゃいでいます。


「ですが、まずは掃除をしなければなりません。試しにところどころに触れてみてください」

「確かに埃っぽいわ。長く使われていなかったと言っていたものね」

「そこで私の本領発揮というわけです」

「ならわたしも手伝うわ。その方が早く終わるでしょう?」


 こうして私達の新たな生活が始まっていくのです。



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