第10話 ただいまです!

「今までお世話になりました。ささやかですがこれはほんの気持ちです」

「ありがとねメアリちゃん。そうそう、アリーシャちゃんにもよろしくね」

「また立ち寄った時にはお話に付き合っていただけると嬉しいです」

「ええ、いつでも来てちょうだい」


 それは早朝のこと。

 これまでお世話になった宿へ立ち寄り、ご夫婦に手作りのお菓子を贈りました。

 大変喜んでくださったその表情に私の足取りは軽くなります。


「次はどのお店だったかしら?」

「ええと、日用品ですね。その次が食料品。それから次が――」


 昼前、私達は商店街へ買出しにでています。それはもちろん新しい家での生活のため。

 家具の搬入はすでに済んでいてあとは細々こまごまとしたものだけなのです。


「あ……」


 雑貨店に差し掛かるとアリーシャ様は立ち止まり、ショーウィンドウを覗き込み始めました。

 どうやらぬいぐるみをじいっと見つめているようです。


「買っていきますか?」

「どうしようかしら。ねえ、メアリはどう思う?」

「なぜ私に聞くんでしょう? アリーシャが欲しければそれでいいのではないかと」

「言い方を変えるわ。わたしにどうして欲しい?」


 アリーシャ様がぬーちゃんの身代わりを買ってしまう。つまり、私達は夜別々で寝ることになります。

 それを聞いてくるということは……今後も夜をともにするのかどうかを委ねられている?

 それとも単純にからかわれているだけでしょうか?

 ぐるぐると考えているうちに、アリーシャ様の顔がすぐ側に来ていてどきどきとします。


「どうぞ、これからも私をお使いくださ……いっ」


 結局私は自分の願望に従ってしまったのですが、すぐに笑う声が聞こえてきます。


「ふふ……メアリならそう言うと思ったわ」

「もしかして私を試したのですか?」

「さて、どうかしらねー」


 どこか嬉しそうなその姿に私も頬が緩んでしまいます。

 そうして買い物を一通り終えると荷物両手に帰宅しました。

 アリーシャ様はただいま、と元気よく口にしたあと私の方を見ています。


「ここはわたし達のお家なのよ。ほら、メアリも言いなさい?」

「ただいまです」

「はい、よくできました。それでは決めておいたところに配置していきましょうか」


 私は台所と浴室を、アリーシャ様が居間と寝室の担当となっていったん別れました。

 台所は私の主戦場。ここは使いやすさを第一に配置していきましょう。

 あらかたを済ませ、満足感に包まれながら寝室を覗き込んだところアリーシャ様はベッドの上でうとうととしていました。

 今日は朝からでしたしお疲れになったのでしょう。

 私達は掛け布団に包まって眠りに落ちました。


「失礼します」


 翌日、ギルドへ赴いた私達はギルド長さんの部屋の扉を叩きました。

 背を向けるようして椅子に腰掛けていた人物が、扉が閉まるのとほぼ同時に立ち上がり振り返ります。

 赤茶色の髪に灰色の瞳。どうやら少々お年を召された背の高い女性のようです。


「話には聞いてたけど随分と若いね。アタシはメリッサ。ここのギルド長をやっているものさ」

「お初にお目に掛かります。わたしはアリーシャと申します。そして――」


 アリーシャ様が私に促すとメリッサさんから視線を感じます。眼光鋭いというのでしょうか。

 その目元には一見厳しく思えてしまうところがあります。


「メアリです。私は付き添いですのでお構いなく」


 私は会釈をします。メリッサさんはくく、と楽しげに笑うと椅子に腰掛けアリーシャ様の方を見ました。


「なんとまあ面白いコンビじゃないか。それはさておきだ。アリーシャ、アンタの働きには目を見張るものがあるね?」

「いえ、恐縮です」

「そこでなんだけどね、少々頼まれて欲しい件があるんだよ」

「わたし達にできることならなんなりと」


 メリッサさんは机の上で手を組み、その表情はとても険しいものに変わりました。


「隣街が魔物の襲撃を受けて壊滅にまで追い込まれていてね。おまけに脅威度がかなり高いときてる。ギルドとしては困っていたところなんだよ」


 つまり、そこへ向かい現状を報せて欲しいといったところでしょう。あるいはその元凶がいた場合の討伐も含まれるのかもしれません。


「メアリ、どうかしら?」


 アリーシャ様から視線を向けられ、私はただ頷いて返します。


「そういうことでしたらお引き受けしようかと」

「ほう、そいつはありがたいね。話を通しておくから詳しい場所は受付から聞いとくれ」

「それではわたし達は失礼しますね」

「時にメアリよ、少しいいかい?」


 アリーシャ様が部屋から出た途端、私はメリッサさんから呼び止められ振り返ります。


「私になにか?」

「なるほどなるほど、他の連中にはそう見えてるってわけか。そうする理由はわからないが……うまく誤魔化したもんだね」


 メリッサさんは顎に手を当てて私をじっと見つめています。

 偽装が見抜かれている? まさか、そんな……。

 もしかするとなんらかのスキルを所持しているのかもしれません。

 もちろん私の心臓は大きく跳ねましたが、アリーシャ様以外の人に対して平静を装うことなどお手の物です。


「すみません、何の話か皆目見当がつきませんが……?」

「本当に?」

「ええ」

「わかった、そういうていにしておくとしようか。現にギルドとして助かってるのは間違いないからね。それじゃ、例の件も二人で頑張っておくれよ」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 このメリッサさんは、敵に回してしまいたくないくらい底の知れない人に思えます。

 それでも見過ごしてもらえるような口振りだったのが救いでしょうか。

 私は深々とお辞儀をして部屋を出ました。

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