第11話 看病します!
「アリーシャ、起きてください。今日は例の依頼に向かいますよ」
朝、いつものようにアリーシャ様に声を掛けますが返事はありません。
やむを得ず体を揺さぶります。
いつもならすぐに目を覚ますのですが……どうしたのでしょう。顔を覗き込むと頬は赤く染まっていて苦しそうに呼吸をしていました。
額に手を当てたところ肌は汗ばんでいて熱いです。これは風邪に違いありません。
「メアリ」
「はい、なにかお持ちしましょうか?」
「今日は丸一日わたしから離れていてちょうだい」
アリーシャ様は手を振り払いましたが私だって一歩も引きません。
「いくらご命令とはいえそれだけはお断りします。前にも言いましたけど、私はいついかなる時もあなたのお側に」
「だめ……。うつしちゃうから、だめ」
そう言ったきり、すうすうと寝息を立てて静かになってしまいました。
ここはメイドとして腕の見せどころでしょう。水をしっかりと含ませたタオルを絞り、アリーシャ様の額に乗せて家を出ました。
「解熱剤? ああ、悪いけど今ちょっと材料を切らしててね」
「でしたら、これから採ってきますので調合をお願いできますか?」
「いやいや……一人じゃとてもじゃないけど無理な話だ。あの辺りは魔物がわんさかといるんだぞ?」
ドルガ火山の
薬屋さんで聞いた情報をもとに、各地をまわり足りない材料を集めていきます。
今日ばかりは心置きなく魔法を使うことができそう。襲ってくる魔物に次々と放ち仕留めていきます。
最後に立ち寄ったのはトレアルの大森林です。千年樹の
じっと様子を伺っていると、巨大な鎌を携えた悪魔のような魔物が姿を現したのです。
これまでにないくらいの魔力を感じますが、私にとって敵ではないはず。
念のため
「ブラッディランス」
地面から伸びた真紅の槍が、悪魔の体を貫きうめき声のような断末魔があがります。
直後、光るなにかが地面に落ち金属のような音が響きました。私は処分に困りつつもひとまず持ち帰ることにしたのです。
そうして解熱剤を受け取ったあと市場へ立ち寄ります。栄養価に優れなおかつ消化にいい果物を買い求めました。
これでひとまずは安心です。
「ああっ、あたしだけのメイドことメアリさん!」
それは袋を両手一杯に抱えた帰り道、目の前には大きく腕を広げたテレジアさんが立ちはだかっています。
「いいえ、あなたのものではありません。今急いでますので茶番は結構です」
私は脇を抜けようとしますがすぐに捕まってしまいました。
「あれ、アリーシャって人はいないんですね。やっぱり首にされちゃったんですか?」
「あなたには関係ないと思います」
「今日のメアリさんなんかつめたーい……。でも、たまにはそういうのもいいかも!」
落ち込んだかと思えば唐突に目が輝きだしました。面倒です。誤魔化さずはっきり言ってしまった方がいいのかもしれません。
「アリーシャが風邪を引いて大変なんですよ。わかったら通してもらえませんか?」
「そういうことでしたかぁ。でも安心してください。あたしもそこまで意地悪じゃないですよ」
「ではこれで失礼――」
「そういうわけで、せめてほっぺにキスだけしてください。そしたら邪魔はしませんから!」
テレジアさんはねっと顔を近づけてきます。
この方はなにを仰っているのやら。完全に理解が追いついていきません。
「無理ですよ。あなた言うに事欠いてなに言い出すんですか……」
「キスができないならあたしのメイドになるほかありませんよ。どっちにするんです?」
「どちらもしませんから!」
「メアリさんって強情ですよね……」
不満げに頬を膨らませむむむと唸り出しました。この場面では眠らせる魔法の出番なのかもしれませんが、さすがに街の往来でおいそれと使うわけにはいきません。
「それとも照れてるんですか? ですよね?」
そうしている間にも再度迫り来るテレジアさん。もしやこの方は怪物の類なのでしょうか?
困り果てた私は一芝居打つことにしました。
「さすがにここでは恥ずかしいです。続きはテレジアさんのお家でどうでしょう……?」
「やっぱりそうでしたか! じゃあご案内しますねえ!」
オクターブ上の囁く声で小首を傾げてみせると、効果があったようでテレジアさんはあからさまに浮かれ始めました。
騙して悪く思う気持ちはあります。それでも今は一刻も早くアリーシャ様の元へ戻らなくてはなりません。
そうしているうちに、マリダール家ほどではないものの大きなお屋敷が見えてきました。
「さ、どうぞどうぞメアリさんっ」
「では失礼しま――スリープクラウド」
ドアが閉じた瞬間を見計らい魔法で眠らせます。
このまま放置はどうかと思うので、寝室らしきところにあるベッドまで運びそそくさと家をあとにしました。
「これだけでもお腹に入れてください」
無事帰宅した私はアリーシャ様の体を起こし、小さく切った果物を口に運んでいきます。寝ぼけ
食べ終わったあとはお薬。そして服を脱がせ体の汗を拭いました。
「メアリ、だめよ」
再びベッドに寝かせるとアリーシャ様は私をぼんやりと見つめています。
「どうぞ、私にうつしてしまってください」
いつもと変わらず私達は抱き合って眠りました。
朝、目を覚ますとなんだか頭がズキズキして顔が熱いです。おまけに体を起こすことができません。
どうしたものかと思っていると声が聞こえてきました。
「今度はメアリが風邪を引いたみたいね。ふふ、今日はわたしが看病してあげる番よ!」
視線を移すと、メイド服を着こんだアリーシャ様が腰に手を当て笑っています。
これはこれで悪くありません。
ではなく、ここまでしてもらってはメイドの名折れです。
「さすがにそれは申し訳なく」
「いいから病人は寝てなさいな。さて、早速お掃除から始めなくてはね!」
張り切るその姿に妙な安心感を覚え、私は眠りに落ちていきました。
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