第3話 ぬーちゃんです!
「ええっ……あのスライムキングを倒されたんですか!? アリーシャさん、もう少々お待ちいただいてもいいですかね?」
ギルドへ戻り、討伐証とともに報告をすると受付の方は大変驚かれていました。やはりあれは大物扱いだったようで、ランクD相当の冒険者が挑むような魔物とのこと。
結果、アリーシャ様は登録数時間で一気にDランクへ飛び昇進を果たしたのです。職員の方によると異例とのことで早くも注目の的となっております。
ちなみに背後にいただけの私はFのままです。
褒賞を受け取り、私達は宿を取ることができるようになりました。今は食事をするべく酒場での注文を済ませたところです。
「アリーシャ、この調子で頑張っていきましょう」
「上手くいきすぎててなんだか不安だわ」
テーブルには美味しそうな料理が並びました。
アリーシャ様は喜ぶ様子もなく不安といった表情を浮かべています。物憂げな佇まいも素敵そのものですとも。
「考えすぎはよくありませんよ。さあ、いただきましょう!」
こうして祝勝会のようなものが始まったのですが、すぐにアリーシャ様の食べる手は止まりました。
そうでした、この方は小食なのです。同じようにナイフとフォークを置くと、アリーシャ様は不思議そうに私を見つめました。
「あら、あなたはまだ食べられるでしょう? なにを遠慮しているの?」
「いえ、従者たるもの……!」
「わたし達はどういう関係だったかしら。言ってごらんなさい?」
またです。この悪戯そうな笑みにドキドキしてしまいます。
「ゆ、友人でひゅ!」
甘噛みをした私を見て、アリーシャ様は嬉しそうな様子で私の目の前にご自分の皿を置きました。
「わたしはもうお腹いっぱい。すべていただいてしまっていいのよ」
結局アリーシャ様がにこにこと見つめる中、すべてを美味しく平らげてしまいました。
そう、私は恥ずかしくなるくらいの大飯食らいなのです。
「今日は色んなことがあって疲れたわ。おやすみなさい」
宿に戻るとアリーシャ様はベッドに横になりました。しばらく様子を伺っていたのですがどうやら落ち着きがないように見えます。
「眠れないですか?」
「いつもは、ほら……ここにあれがないからだと思うの。だからメアリ、ちょっと来てもらえるかしら?」
手招きをされ私はアリーシャ様のベッドへ入ります。するとすぐにぎゅっと抱きつかれてしまったではありませんか。
「あれと言うのはもしかして……」
「ええ、ぬーちゃんよ」
そうなのです。アリーシャ様は幼少期より、ぬーちゃん――ピンク色のくまさんのぬいぐるみを抱きしめないと寝られないのです。
つまり私はぬーちゃんの代わりとなり夜を明かさねばなりません。
時間が経つと隣からはすうすうと可愛らしい寝息が聞こえてきました。
私には、この上なく甘い香りと想像以上にやわらかな感触が
心拍数は上昇し当然睡眠どころではありません。
三十分ごとに自らを律するべく頬を張り、パシンパシンとその音が部屋中に響き渡ります。
そうしているうちに、いつの間にやら眠ってしまっていたようで窓の外はすっかり明るくなっていました。
「メアリはちゃんと寝られてる?」
「お気遣いなくです。ただ、私の中に溢れる邪な気持ちを滅するのに手間取ってしまって」
「ええと、よくわからないけれど精神修練のようなものかしら……? あまり無理はしないようにね」
そんなやり取りをしながら今日は街の大通りまで来ています。
報酬金を手にしたばかりということもあって、今後のための装備品などを買い揃える運びとなりました。
「友人とのお買い物……ふふっ!」
アリーシャ様は女神様なのではないでしょうか。
淡く頬を染めて嬉しそうな様子に私は浄化されてしまいそうになります。
この上なく幸せな気持ちで歩いていると目的地へ到着したのです。
「メアリ、ここは?」
「武器と防具を取り扱っているお店です。せっかくなので装備を新調しようかと思いまして」
「それにしても色んな種類があるのねえ」
「お金には余裕があるので好きなものを手に取ってみてください」
アリーシャ様が選んだのは『フェアリードレス』という、魔法使いに人気の装備品です。
少しだけ丈が短く、すらっと伸びた健康的な太ももがあらわになってしまっているのはけしからんの一言です。
ですがアリーシャ様はロングドレスと違って開放的なところが気に入ったそう。
でしたら反対する理由など見当たりませんし、私の目の保養にもなっていいこと尽くめです。
「あの、メアリ? そこまでじっくり見られると恥ずかしいわ」
気付いた時にはアリーシャ様が私の目の前にいて、恥ずかしそうに太もものあたりを手で抑えていました。
私はごくりと唾を飲みこみます。
「……あまりに素敵だったもので」
「もう、メアリったらお世辞がうまいんだから。ところであなたはなにも選ばないの?」
「私はこの服が気に入っていますからご心配なくです」
「うーん、だったらこれはどう?」
アリーシャ様から手渡されたのは、宝石部分がキラキラと青く光る指輪型のアクセサリーです。
「私なんかにはもったいないような。せめてアリーシャだけでも」
「あら。お揃いでつけようと思っているのだけど……わたしとでは嫌だったかしら?」
悲しそうな瞳が覗き込んできます。
それはもしやペアリングというものですか、アリーシャ様?
「いいい、嫌なはずがありません」
「よかった。早速わたしがつけてあげるわ。さ、手を出して?」
しなやかな指が、すっと私の指に触れるとアリーシャ様は嬉しそうに笑いました。
なんと私達は薬指に同じ指輪をはめることになったのです!
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