第2話 お嬢様、無双のお時間です!

「ねえメアリ、本当に勝手に入っても問題はないのかしら?」


 ここは私の故郷の街――アルバディア居住区に位置する小さな家です。

 アリーシャ様は離れた場所から恐る恐る家の中を覗き込んでいます。


「ご心配には及びません。ここは私が昔住んでいたところなのです。それよりも小汚いところで申し訳なく……」

「そんなことはないわ。場所は変われどわたくし達はなにも変わりはしない。これからは二人で慎ましく暮らしていきましょう」


 スカートの裾をつまみあげ、アリーシャ様はにこりと笑顔を向けてきました。

 このお方はまさしく聖母の生まれ変わりなのではないでしょうか?

 ともあれは言いましたが、この家はすでに所有しているものではなく無断で使わせてもらっています。誰かが住み着いていなくて助かりました。

 まずは拠点となる寝床を用意する必要がありますが、着の身着のまま逃げ出してきたわけで手元に先立つものなどはありません。

 しかしながら、それを稼ぐ手段の目星はすでについているのです。


「お嬢様には今日から冒険者になっていただきます。どのようなものかはご説明したとおりです」

「よくわかっているつもりよ。けれど、わたくしに務まるとは到底思えないわ……」

「私も行動を共にしますのでご安心を。では早速着替えましょう!」


 さすがにメイド服では目立つので、用意しておいた地味な服装に袖を通してもらいます。

 思っていたよりも胸の部分が窮屈そうなのが誤算ですが、今は贅沢を言っていられません。


「冒険者ギルドというところに行くのよね?」

「はい。その前に一つ、言葉遣いについてお願いしておきたいのです。『わたくし』はかなり浮く存在になってしまいそうなので……しばらくは『わたし』で通していただきたくて」

「二人でいる時もかしら?」


 私が頷くと、アリーシャ様はなにかを思いついたのかと口にしました。お屋敷にいた頃には見ることのなかったくらいに口角が上がっています。


「そういうことなら頑張ってみるわ。では、メアリも『様』付けは禁止よね?」

「いけません。恐れ多いことです……」

「あら、それこそ浮いてしまうのではないかしら? 実を言うとね。わたし、前々から名前で呼び合える友人を欲していたのです。さあ、それを踏まえわたしの名をお呼びなさい?」


 どうしたのと、悪戯めいて笑うアリーシャ様の眩しさには敵いません。それだけで十分なのにこの私が友人ですって?

 こんなにも胸がどきどきとするのは初めてのような気がします。


「で、では……アリーシャ!」


 言い終えた頃には顔と耳がすっかり熱くなっていました。


「はい、よくできました。それでは向かいましょうか」


 手を差し伸べられ恐る恐る握ります。

 私はいつの間にかアリーシャ様に主導権を握られてしまっていたようです。


「それでは、アリーシャさんとメアリさんはFランクからの開始となります。頑張ってくださいね!」


 冒険者ギルドへの登録が終わり、私達は晴れて冒険者となりました。

 ここには色んな人がいます。わいわいと賑やかにしていて楽しそうなところに思えてしまいます。

 アリーシャ様はそれが気になるのかあちこちに視線を送っているようです。これまでもっぱらお屋敷での暮らしでしたから当然の反応でしょう。


「アリーシャ、早速依頼を受けにいきましょう。案内はお任せあれです!」

「ふふ、頼もしいわねメアリは。そういえば不思議だったのだけれど、あなたはその服のままなのね?」


 アリーシャ様は私のメイド服に視線を向けています。


「あくまでも私はアリーシャの従者ですから。それに、一人だけならそこまで目立つこともないかと」

「お揃いというわけにはいかないのね」


 なんだか残念そうにしているアリーシャ様に心が痛みますが、ここはあえて無心を貫きます。


「さあ張り切って行きましょう!」

「メアリ、やっぱりわたし不安だわ」

「私がいつも側にいますから」


 そうして訪れたのはトアル草原。ここは私達のような初級者にもってこいの場所で、薬草を採取するというごくごく簡単な依頼を受けているのです。


「ええと、こうすればいいのよね?」

「はい。敵が襲ってきたら、この剣を掲げ『ウィンドアロー』と唱えるだけです」


 攻撃自体は私が行うので名前はなんだっていいのですが、アリーシャ様には自分が魔法を出していると自覚してもらわなければなりません。

 ちなみにアリーシャ様に手渡した剣は模造品レプリカで、いずれは本物に差し替える予定となっております。

 そうしているとぶよぶよとした丸い魔物が近づいてきました。


「ほら、来ましたよ。練習だと思って倒してみましょう」

「ウィンドアロー!」


 それに合わせ、私は後ろ手で基本となる魔法『ウィンドアロー』を即発動させます。ところが、ステータスのせいか加減が難しく五連射となってしまいました。周囲には誰もいなかったのでよしとしましょう。

 それからは何度か戦う機会が訪れたのですが、アリーシャ様は剣を掲げるだけでなく様々なポーズを取り始めたではありませんか。


「ウィンド、アロー!」

「ウィンドアローーーーー!」

「ウィン、ド、アロー!」


 なんと優雅で上品な所作でしょう。

 まるで決めポーズは貴族の嗜みと言わんばかり。

 ついついお戯れが過ぎてしまうアリーシャ様も素敵です。


 さて、薬草を取り終えてギルドへと戻ろうとしていたのですが異変に気付きました。

 周りにいる初級冒険者と思われる方々が、軒並み地に伏せています。その視線の先には、これまで倒してきたものよりも大きな魔物が闊歩しています。

 もしかしなくてもあれの仕業でしょう。


「アリーシャ、あの魔物もやりましょう!」

「わたしにできるかしら?」

「自分を信じてください。そして、こう唱えるのですよ」


 ウィンドアローには飽きてきたのもあって、他の魔法に切り替えてみます。

 ここは派手に属性つきがいいかもしれません。

 この魔法は遥か上空より脳天目掛けて炎の球を落とします。


「ファイアボールっ!」


 すると一撃で仕留めることができました。ざわつく周囲の声もなんのその、アリーシャ様に教えておいた魔法はもう一つあります。


「リンカネーション!」


 発動すると倒れていた冒険者達は続々と起き上がりました。これは上位となる全体蘇生魔法です。


「ねえメアリ。わたし、動きすぎたせいか小腹が空いたわ……」

「まったくの同意見です。報酬も入るでしょうし今日は帰りますか」


 こうして立ち去ったわけですが、アリーシャ様は今頃この草原の伝説になっているはずです。

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