第4話 あまあまです!

「あなたがあのアリーシャさんですか?」

「やっと本物見れたー」

「同じ冒険者とは思えないくらい綺麗……!」


 それはギルドへ依頼を受けにいった朝のことです。数人の女性冒険者の方がアリーシャ様を取り囲んだのです。

 どうやらランクの飛び級効果が出始めたようで、あれやこれやと質問攻めをされているご様子。

 うまくいけば新しいお友達ができるかもしれませんね。

 柱の物影からひっそりと応援していたのですが、アリーシャ様はすぐにこちらに戻ってきてしまいました。


「え、もういいんですか?」

「注目を集めるのはあまり得意ではないの。それに、今のわたしにはメアリさえいてくれれば十分よ」

「でも、私とばかりなのは退屈ではありません……?」

「どうしてそう思うの? あなたが連れ出してくれたおかげで、わたしは今が楽しくて仕方ないのよ」


 その笑顔が眩しすぎてどきどきとしていると、アリーシャ様は周りの目をはばからず私の手を引きます。

 そんなわけで私達はランクD狩場であるコンナ洞窟に来ています。ここでは殲滅せんめつ任務、つまり魔物を根絶やしにしていかねばなりません。

 アリーシャ様にはひとまず入り口で待機してもらっています。中の様子を伺うと、真っ暗といっていいほどに視界が悪かったので洞窟全体を灯しておきました。


「洞窟だというのにずいぶんと明るいところだわ……」

「ええ、不思議なこともありますね」


 話しながら進んでいくと広まった場所が見えてきました。こういったところは魔物の潜んでいる可能性が高そうです。

 そう見立て、このあとの動きを考えているとアリーシャ様が顔を覗き込んできました。近い、お顔が近いですアリーシャ様!


「メアリ、どうかした?」

「その、私が先に見てきます。もしものために例の魔法の準備をお願いできますか?」

「ええと……たしか広域魔法だったわよね。あなたを巻き込んでしまわないかしら?」

「ご心配なくです。それではしばしお待ちくださいね」


 アリーシャ様の視界から完全に逃れ、私はスカートの裾を持ち上げながら駆けていきます。

 すぐにゴブリンが寄ってくるのがわかりましたが、さすがに数が多すぎるのでここで少々間引いておきましょう。

 昨日購入しておいた掃除用のモップを取り出し、おもむろに一閃します。

 この一振りで十体ほどを薙ぎ倒し、それでも続々と追いかけてくる群れを引き連れて元の位置へ戻ってきました。


「アリーシャ、出番です!」

「インフェルノ!」


 魔物達は燃え盛る炎で次々と真っ黒に焦げていきます。これは私を中心とした範囲に攻撃する魔法なので燃え移ることはありません。

 この範囲戦法を繰り返しながら前進していくうちに、洞窟の奥からはひときわ大きな雄叫びがあがりました。


「大物が潜んでいるようですね。さあ張り切って行きましょう!」

「ねえ、少しだけ休みたいのだけど」

「あと一息ですよ。これが終わったら、久しぶりに甘いものをお作りしますから」

「メアリ、行くわよっ……!」


 アリーシャ様の瞳はみるみる輝き出し、私より先を駆けていくではありませんか。

 甘味に目がないのをすっかり失念しておりました。

 さすがに先行されるのはまずいので、速度を上げる魔法を使い追い抜いていきます。


 最奥で目にしたのは一段と大きなゴブリン。スライムの例からいくとこの魔物はゴブリンキングといったところでしょう。

 アリーシャ様に魔法を伝えていたところ、キングは大きな足音とともに走り出してきました。見た目とは違って素早い個体のようです。


「私が引き付けるので下がってください」

「ええ……? そんなことして大丈夫なの?」


 心配そうなアリーシャ様をよそに、私はキングの攻撃に合わせてモップで受け止めます。

 このまま反撃すると撲殺してしまいかねないので、苦戦してるように見せかけて仕留めてもらいましょう。

 武器同士がギリギリと音を立てるようにさせ必死さを演出。実際は力の差で相手をねじ伏せています。


「い、今のうちです!」

「グラビティーブレイきゅっ!」


 アリーシャ様、今噛みましたよね。

 ここはあえて発動はなしです。あわよくばもう一度噛んでもらえたらと、聞こえなかったていでいきましょう。


「アリーシャ、早く! もう持ちこたえられないです!」

「グラビティー、ブ、レ、イ、ク!」


 アリーシャ様、今あなたはどのような表情をされているのでしょうか。

 それを見られないのを残念に思いながら魔法を発動させたあと、生まれ出た大きな重力球がキングを押し潰し戦闘終了となりました。

 討伐証を回収した私達はギルドへと引き返すのでした。


「やっぱりあの大物をあなたが……。つきましては明日、特別なお話があると思いますので――」


 スライムに続いてギルド職員さんは呆気に取られていました。もしかすると、ランク以外にもいいお話を聞くことができるのかもしれません。

 ただ、帰り道にそう問い掛けてもアリーシャ様はどこか上の空だったのです。それが商店街のあたりに差し掛かった途端、明らかにそわそわとし始めました。


「どうかしましたか?」

「ねえ、さっきの話忘れてないわよね?」

「さっきのとはなんでしょう?」


 私がとぼけて返すと、「あま……あま」と呟き出したアリーシャ様はやはり可愛らしいです。


「もちろんわかっていますよ。それではこれから材料を買いに行きましょうか」

「メアリったら意地悪したのね? もう待ちきれないわ……!」

「ちょっと、そんなに急がなくても甘味は逃げませんよ!」


 アリーシャ様からすれば完全に無意識だったとは思うのですが、この時確かに恋人繋ぎをしたのです!

 そうして買い物を済ませた私達は宿屋の台所をお借りしています。日ごとに世間話をしているうちに、こちらのご夫婦と仲良くさせてもらっていたのが大きいと言えます。


「アリーシャもやってみますか?」


 じいっと見つめられているのに気付いた私は、卵を割り入れたボウルを手渡しました。どうやらアリーシャ様は戸惑っているようです。


「ええと、これをどうすればいいの?」

「泡立てないようにかき混ぜて欲しいのです」

「こ、こうかしら?」

「とってもお上手です!」


 このあとの手順も滞りなく進んでいきました。どうもアリーシャ様は飲み込みが大変よく、こちらの意図したとおりの働きを見せてくれます。

 そうでなくても、大好きな人と一緒になにかをするというのは幸せなことだと感じてなりません。


「これで完成ね?」

「いえ、今日はとても頑張りましたしクリームも好きなだけ乗せてください!」

「わぁ……これなら毎日頑張ってしまいそうよ!」


 完成した生クリームたっぷりのプリンを頬張り、満面の笑みを浮かべるアリーシャ様。

 もうそれだけでお腹がいっぱいになりそうです。


「宿もいいけれど、一緒に住むならやっぱりお家がいいわね……」


 後片付けをしているとアリーシャ様は呟くように言いました。

 そうです。この方はいずれ一国一城の主となるのです。

 いつまでも仮の住まいに甘んじているわけにはいきません。


「住居の件はすべて私にお任せください」

「でも、すぐにどうこうできるものなのかしら?」

「なんとかしてみせましょう」


 ここはメイドの腕の見せどころでしょう。

 そのためにはギルドを再び訪れる必要がありそうです。

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