第13話 はじめての

「メアリ……わたし初めてなの」


 不安げにアリーシャ様が私を見つめ、私は緊張気味に震える手を背後から支えます。体同士が触れると甘い香りと暖かな体温が伝わってくるようです。


「大丈夫です。すべて私に委ねてください」

「あ、そんなに激しく……」

「こうです。体の力を抜いてもっと大胆になってください。次は一人でやってみましょうか?」

「あっ、だめよメアリ」


 耳元で囁いたところアリーシャ様は体をびくんと反応させます。


「とてもお上手ですよ」

「ねえ、わたし耳は弱いと言っているじゃない」

「すみません、ついつい。それにしても初めてとは思えない包丁捌きです」

「それって本当?」


 逐一可愛らしい反応を見せるアリーシャ様はさておき、今日は早朝から約束どおり朝食を作っています。

 私がサラダの盛りつけをしている間に、スープに使う野菜を切ってもらっています。いつもは一人でこなすこともあって終始無言なのですが、今日は会話を弾ませながら手を動かしています。

 二人でする料理がここまで楽しいものとは知りませんでした。


「ど、どうかしら?」

「よくできていますよ。これで私がいつ倒れても安心ですね」

「だからって昨日みたいな無理はしちゃだめよ?」

「肝に銘じておきます。ところで、今日は寄りたいところがあるのでギルドへはお昼から参りましょうか」


 そうして朝食後アリーシャ様とは一旦別れて家を出ます。

 向かっているのは鑑定商のお店で、今後のために知っておきたいことがいくつか出てきたからです。


「ようこそいらっしゃいました。――おや、メアリさんではないですか」

「お世話になります。今日は見ていただきたいものがありまして」


 先日大森林で拾っていたネックレスと、昨日いただいた宝剣をカウンターに置きます。すると店主さんは瞬きもせずにまじまじと眺めはじめました。


「これはこれは……すばらしい逸品ですね。それにしても、このようなものを一体どちらで?」

「話せば長くなるのですが、少なからずご縁がありまして。この二つの詳細を教えていただけないかと」

「こちらのネックレスは高位の魔法が施されているものでして、身につけることで大きく魔力を引き上げてくれます。それこそ、魔力を持たないものでも例外なく力を発揮できることでしょう」

「そうなのですね。ではこちらの宝剣は?」


 私はそう言いながら鞘から引き抜こうとしましたが、すぐに店主さんから止められます。


「メアリさん、どうか落ち着いてください。この剣は初めに抜いたものを使用者として選び、三属性の魔法を行使できるようにするというもの。どうやらこちらは使われないまま大事に保管されてきたのでしょう」

「なるほど……大変な品物だったというわけですね」

「そして三つ目となる腕輪がこの世界には存在していましてね。これら三点が揃った時、真の力が解放されるとの話です」


 説明を聞きながら、ある一つの可能性を視野に入れはじめています。

 この力をアリーシャ様に使っていただければ、ご活躍はもちろんのこと真の意味での共闘ができるのではないでしょうか。

 そうなれば変にごまかす必要もなくなるかもしれません。


「鑑定していただきありがとうございます」

「そこでご相談なのですが、この二点を当店に譲ってはいただけないでしょうか? もちろんメアリさんの言い値の倍で買い取らせてもらいますよ」

「申し訳ありませんが、誰にもお譲りできません」


 店をあとにした私はギルドへ向かいアリーシャ様と合流します。


「昨日のこともありますし、今日の依頼は片手間で済むものをこなしていきましょう」

「それってギルド長さんにいただいたものよね?」


 ここは以前訪れた初級狩場です。

 アリーシャ様は私の手元を見ながら首をかしげました。


「一度試してみましょう。それから、こちらは肌身離さず身につけてください」

「これはどこで手に入れたの?」

「ちょっとした掘り出し物です。きっとアリーシャに似合うだろうと思いまして」

「まあ、嬉しいわ。なにかお礼を考えなくてはね」


 ネックレスを首に掛け、手渡した宝剣を軽々と引き抜くアリーシャ様はやはり凛々しいです。見とれているとどこか様子がおかしいことに気付きました。


「頭の中に赤と黄色と青いものが浮かんでいるわ。メアリ、これって一体?」


 おそらく、店主の言っていた三属性の魔法と関係があるのでしょう。そうなると、魔法の出し方については私のものと同じ可能性があります。


「では赤いものを意識しながら、浮かんだ言葉とともに放出してみてください」


 私は近くをうろついている魔物を指差します。


「わかったわ。こうよね……フランベルク!」


 刀身からは炎の剣のような幻影が飛び出し、斬りつけると魔物は消滅しました。このランクなら問題なく仕留められそうです。

 そうして慣れるべく、アリーシャ様には次々と放っていただいています。

 青は氷のつぶてを放つフロスト。黄色は雷の結界を貼るスパークであることがわかりました。


「メアリ、なんだかめまいがするわ」


 アリーシャ様はふらふらとしゃがみ込んでしまいました。これは魔力切れによくある症状であり、しばらく動くことができなくなってしまいます。

 ですが私には回復の手段マジカルヒーリングがあります。肩に触れながら魔力を充填させるとすぐに立ち上がりました。


 ひとまずは形になっているようですが、やはり威力の低さが問題でランク上の敵に対しては打ちこぼしてしまうでしょう。

 はやいうちに残りの一つを揃えることが課題となりそうです。


「つまり、その腕輪とやらの情報はないか聞きにきたというわけだね?」


 私はギルドへ立ち寄りメリッサさんを訪ねました。現状こういった事情に詳しそうな方は他にいないでしょう。


「なにかご存知ありませんでしょうか?」

「まさかあの宝剣と関係があったとは驚いたね。もちろん確証はないが……一つ話せることはあるよ」

「それをお聞かせ願えますか?」

「その前に、アンタの身の上について少し知っておきたいね。もちろん話せる範囲で構わないよ」


 メリッサさんは背を向け窓の外を見ながら言いました。私は自分の前世のことと、アリーシャ様の身分に関わる部分を避けて思いの丈を伝えます。

 するとメリッサさんは振り返り視線が合いました。


「なるほど。無償の愛もここまでくるともはや奇跡に近い。アンタほどの力があればなんだってできるだろうにね?」

「私が望むのはアリーシャの幸せだけですから」

「いいね、面白いじゃないか!」


 メリッサさんは豪快に笑ったあと、何度も頷いて言葉を続けます。


「ここから離れた大都市で武道大会が近く開催されるって話だ。優勝賞品に『増幅の腕輪』ってのがあるらしい。とはいえ、それがアンタの探してるものかどうかはわからないけどね」

「ありがとうございます。早速確かめに行ってきます」

「メアリよ、またなにか困った時はアタシに言いな。今後もギルドとしてじゃなく個人として力になるよ」


 そうして、見送られながら私は旅立ちを決意したのです。


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