第2話  サチ 1



 ナチの十七回目の誕生日には、ナオコと流行りのユニットのバースデーソングを歌った。


 小粒のパールのピアスを贈ると、嬉しそうに笑ってくれた。

 ナチは誕生日が世界で一番嫌いだと言っていた。

 その理由を訊くと、歳をとるからだと答えた。




***




 二週間に一度の服装検査なんかのために、いつもよりも、一時間も早く登校しなければならない風紀委員には絶対になりたくない。クラスの誰もがそう考える。


 すべての委員が決まったあとに、どこの委員会にも所属していない者は、風紀委員選抜の天秤にかけられることになる。立候補なんかもちろんいない。最終的には、つまり、じゃんけん。


 勝った者は心の底から嬉しそうな表情かおをして、じゃんけんの輪から抜けてゆく。


 残り数人となったところで示し合わせたように、拳を握りしめたナオコ以外の全員は、手のひらを広げていた。




***




 「絶対に陰謀だよー。罠だよ。罠」


 服装検査の前の日には、ナオコはいつも同じことを言っている。


 「そんなワケないじゃん」


 「じゃあ、ナチが代わってよ。カシワギが風紀にいるからちょうどいいでしょぉ?」


 「えぇ? それはやだよ。めんどくさい」


 「じゃあ、サチ」


 「カシワギには興味ない」


 「あー、友だちがいがないなぁもう。本当にやだぁ」


 机に突っ伏したナオコは、そうは言いながらも風紀委員の務めはきっちりと果たしていた。


 一時間前には必ず登校し、風紀の顧問である生活指導課の教師の後ろに立っていた。なんだかんだと言いながらも責任感はある。


 「そういえば、ナチはピアスはどうなった?」


 思い出したかのように、机からぱっと顔をあげたナオコが訊く。


 「大丈夫そう。明日はサチにもらったパールをつけてくる」


 ナチは笑いながら、そう答えた。




***



 服装検査の朝は、ナチはいつもカシワギの列に並んでチェックを受ける。

 一緒に、ナチの後ろに立つ。


 校庭の樹木や近くの公園からは、まるでスピーカーの音量を最大限にまで上げたような蝉の声が届く。それが暑い夏をよけいに熱く感じさせる。

 朝から容赦なく照り付ける白い太陽は、ナチの肩までの黒い髪に光の輪をつくる。


 カシワギがナチの髪を上げさせた。


 カットバンを貼り付けた耳たぶを見ると、ナチの頭をチェックリストで軽く叩く。それから困ったように笑った。


 ナチが掬い上げた黒い髪の隙間から、ちらりとのぞいた首筋が白い。


 カシワギの後ろでナオコが『バーカ』と、口だけを動かしていた。




***




 朝は駅のホームはわりと空いている。下り線だからでもあり、終点まではもう少しということもあるからだ。


 反対側の上り線のホームはいつも人でいっぱいだった。ホームから弾き出され、こぼれて落ちそうな学生服やスーツ姿の会社員。そこに混じった制服姿の駅員は、ホームにある線を越さないようにと、マイクに向かって毎朝のように声を上げていた。


 黄色い電車がホームに滑りこんでくる。

 前から五両目の扉に足をかける。


 駅のホームとは反対のドアにもたれかかって立つ。

 光が眩しいから目を閉じる。

 閉じた瞼の裏に透けて流れてゆく眩しい色が好きだ。


 ナチが乗る駅を過ぎると、毎朝の予定通りに電車が大きく三回揺れる。

 目を開けてナチを探す。

 声をかけてくれればいいのにと思いながら、ォハヨオと軽く手を上げる。

 


***



 高校は通学にそれほど時間がかからなければどこでもよかった。どうせ通うのは一年と少し。

 ただし、自転車で通えるほど近すぎても新鮮味がない。


 電車で通学できる、ほどほどに近い高校がここだった。公立の中でも校則が厳しくて、沿線の他校生からは隠れ私立と呼ばれていると入学してから知った。制服にしても、世の中のカワイイとはかけ離れているのに、わたしたちの学年だけ、女子の数がなぜだか多かった。


 入学式が終わった後に呼び出された。


 学年主任でもあり担任でもあるタナカという現国の教師は、かなりの強面だった。顔だけなら高校の職員室ではなく、警察のなんとか対策課にいてもおかしくはない。


 タナカに職員室に呼ばれたことに、少し緊張していた。


 呼び出しの理由は、入学前に提出した書類の『配慮してほしい点』について、確認したいとのこと。


 「コミネの髪の色は地毛なのか?」


 「そうです。祖父が外国人なので」


 そんなことを話した。


 ナチとはクラスが一緒だった。


 「コミネさんの髪の色、天然なんでしょ? キレイだね」


 話しかけてきたのはナチから。

 名前がサチだと知ると「似てるね。わたしのナチは苗字だけど」そう言って、笑った。


 それからナチとはよく話すようになった。後ろの席にいたナオコも加わり、いつの間にか三人で一緒にいるようになった。

 毎日くだらないことを喋り、他愛もないことで笑い合う。


 ナチはわたしの髪をキレイだと言ってくれたが、わたしはナチの焦げ茶色の澄んだ瞳がキレイだと思った。


 そんな毎日はあっという間に過ぎていった。




 進級しても、わたしたちは同じクラスになることができた。






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