第19話  ナオコ 4



 「ただいまぁ」


 「お帰りぃ。ナオコ宛に荷物が届いてるわよ」


 コンビニエンスストアのアルバイトから帰ってくると、お母さんがリビングのテーブルの上をゆびさした。


 薄茶色いクラフト紙にくるまれたものが置いてある。厚みはないけど、わりと大きな包みだった。


 なんだろう?


 差出人を確認すると、角ばった文字でサチの名前が書かれていた。品名には「衣類」とある。

 持ち上げてみると包装紙からは、中身のやわらかな感触が手のひらに伝わってくる。


 ……浴衣?


 『洗濯して送るね。浴衣』


 そういえば、そんなことを言ってたっけ。


 包みを開けてみる。透明なビニールの袋の中にお姉ちゃんの浴衣が一式、洗濯されてきれいに折り畳まれていた。


 「なんだったの?」 


 お母さんは冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注いでいた。


 「この間の浴衣」


 「あら、わざわざ送ってくれたの? 送料もかかるから会ったときでいいのにね」


 「うん。そう言ったんだけど」


 「サチちゃん、几帳面な子ね」


 ……几帳面、ねぇ。それはどうかな。しっかりしてるとは思うけど。


 浴衣の上にふたつ折りにされて載っていた紙を広げる。いくつものシャボン玉模様が重ねられた、淡い紫色の手紙。


 『ありがとう』


 そこにはひと言だけあった。




***




 『浴衣届いたよ』 

 『送ってくれてありがと』 

 『いつくらいにナチのとこ行ける?』


 サチに個別に送ったメッセージには、数日経っても既読がつかなかった。


 『サチ 既読がつかないよ』 

 『旅行かな? 海外の親戚のとこ』

 『とりあえずバイトのシフトを送るね』


 『シフト りょ』

 『海外 ありえるかも』

 『ファミレス 今めっちゃ忙しくなった』


 『なんで?』


 『パートさんふたりも辞めたから』

 『急に』

 『店長とケンカしたらしい』

 『お皿投げ合ったって笑』


 『マジかぁ笑』

 『すごいね笑笑』


 『だからシフト変わる』


 『りょ』

 『新しいの出たら送って』


 ナチから送られてきたシフトは、かなりの確率でコンビニエンスストアのアルバイトと被った。


 しばらくして、サチにもういち度メッセージを送った。


 『予定がわかったら教えてね』


 そのメッセージにも夏休みが中盤を過ぎてさえ、既読がつかなかった。


 アプリから電話もしてみたけど応答はない。


 『サチに連絡つかない』

 『っていうか既読がつかない』

 『ナチには連絡あった?』 


 『なにもきてないよ』

 『こっちも既読つかない』

 『まだおじいちゃんのとことか?』


 ナチにはなにか連絡があるかもしれないと思っていた。ナチにもないのかぁ……。


 手紙は机に置いてあった。それを手に取り、ベッドの上に寝ころがって眺めてみる。


 サチの書く文字は、なんだか全体的にカクカクとした四角い癖字。上手いか下手かといったら……どちらかというと下手な部類に入るよね。


 プリントに書かれたその文字を見たときには、『小学生男子かよ』と、ナチと一緒にツッコミをいれた。『うるさい』と、笑いながらも不満そうにしていたサチ。


 ありがとうの文字を指でなぞってみる。


 浴衣は送らないでいいって言ったのに。


 そのことに曖昧に肯いていたサチを思い出す。


 ……なんでわざわざ送ってきたんだろう?




 『ナチ 連絡した?』


 『連絡したけど』

 『まだ既読つかないよ』


 『忙しくてもメッセくらい見るよね?』


 『届いてないとか?』


 『でも送れてるし』

 『なんか心配になってきた』


 『うん でも』

 『始業式までにはもどるはずじゃない?』


 『まあ そうだよね』


 それでも、なんだかモヤモヤとした気持ちが胸に残る。花火大会の夜に、予定を連絡してねって伝えた。一緒にナチのバイト先に食べに行こうって約束した。


 サチは、簡単に約束を破るようなコじゃない。


 夏休みはもう終わってしまう。



 結局、ナチのアルバイトのシフトとわたしのシフトがほとんど被ってしまっていたから、ナチとは予定が合わなかった。サチとは連絡がとれず、夏休み中に三人で集まったのは花火大会だけだった。





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