第10話  ナチ 4



 「まだ残ってたのか。施錠しようと思ったのに」


 数人の足音と一緒に顔を出したのは、カシワギとタナカ。それと髪が金色の男子だった。


 「なんだサチナチコンビか。傘、ないの?」


 そう訊いてきたのはカシワギ。


 「忘れちゃった」

 「忘れちゃった」


 声が重なると、金髪が小さく笑った。


 サチはなぜか金髪をまじまじと見ている。それから「あれ? オノ?」と意外そうに話しかけた。


 「ああ」


 ぶっきらぼうに返事をした金髪は、ばつが悪そうに顔を逸らした。

 サチは金色の髪をゆびでさす。


 「どうしたの? 髪」


 「ちょっと、な」


 顔を伏せた金髪を「ちょっとなじゃない!」とタナカが肘で小突いた。


 「痛ってーな、なんだよ?」


 「痛くない! 約束通りに次の部活までにもどすか切ってこいよ」


 「……んだよ、せっかく色抜いたのに」


 「嫌なら今切るか?」


 「ちっ……」


 威圧的なタナカに、金髪は苛立たし気に舌打ちをした。


 ……バカみたい。やるならもっとうまくやりなよ。


 タナカと金髪のそんなやり取りが続くなか、「誰?」と視線で訊く。サチは耳元でこそっと、オノは同中おなちゅうだったと教えてくれた。


 「ナチ、耳はどうした?」


 目の前にしゃがみこんだカシワギは、自分の耳をトントントンと指でさす。


 「大丈夫。化膿はしてないよ」


 笑いながらとぼける。


 指導室に呼び出された放課後に、ピアスは塞ぎなさいと言われていた。塞いだら、とりあえずタナカには黙っておくからと。


 「そういうことじゃなくて……。まあ、化膿しなくてよかったね」


 カシワギは困ったように笑って。下を向いて両手で髪をかき上げた。


 「わかったよ、わかったから。うるせえよ、タナカ」


 「こらっ! 先生だろ」


 金髪はしつこいタナカを振り切るようにして割って入ってきた。


 「コミネ、傘がないなら俺が送るよ」


 「え……?」


 突然のオノの言葉に、明らかにサチが戸惑ったのがわかった。


 「いや、いいよ。ナチもいるし……」


 サチはオノとわたしの間にゆらゆらと視線を往復させる。

 金髪はちらりとわたしを見た。


 しつこいタナカから逃れるためか、それとも本当にサチを送りたいのかはわからないけど、金色の髪の間からのぞいたその目は、わたしを邪魔だと言っていた。


 ……やっぱり、こういうやつは大嫌いだ。


 「なんだオノ。お前そうなのかあ? コミネ、家、近所だろ? 送ってもらえー」


 のんきなタナカはニヤニヤとしながら大きな声をだす。

 金髪がまた「タナカ、うるせえ」と呟き、舌打ちをした。


 「いや、でも、ナチがいるから……」


 そうだよ。金髪なんかに気を使わなくていいよ。はっきりと断ってよ。


 「じゃあナチには、雨が止むまで俺が特別に現国の補習をしてやるから気にするな」


 断りきれないサチに、タナカはわけのわからない提案をした。

 タナカの授業はわりと面白いけど。そんなのはありがた迷惑すぎる。絶対にイヤだ。


 「えー? 日本語は話せるからいいよぉ」


 笑いながらもけっこう本気で断ると「ナチ、お前、現国なめてるのか?」と、ふざけた調子で詰めてくる。


 「なめてないよぉ」


 補習授業を受けたあとだし、もういいよ。


 「じゃあ、理科の補習でもする?」


 カシワギが横から思いもかけない助け船を出してくれた。「するっ」と半ば反射的に答える。

 サチがなにかを言いかけたのがわかったけど……サチだってすぐにちゃんと断ってくれなかった。


 タナカは「なんで理科はよくて現国はイヤなんだ」とかなんとか、カシワギの後ろでぶつぶつと文句を言っている。カシワギはタナカを見上げて「まあ、今日は現国、ありましたしね」なんて軽く流していた。


 「コミネ、行こうぜ」


 金髪が促すと「……うん」と肯いたサチは、ゆっくりと立ち上がってスカートの裾をはらった。





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