【三題噺 不思議・左右・幻】ダイヤル雑貨店 その1

Q.本日はどのようなご用件ですか?


A.「私……昔から物事を悪い方に悪い方に考えちゃう癖があるんです。それでどんどんネガティブになっていって……。どうにかしたいって悩んでいることを友達に話したら、ここがいいって紹介をもらいました」




「つまり、ネガティヴな自分を変えたいということですね、かしこまりました」


 片眼鏡が特徴的な男の店員は、そうぶっきらぼうに言って店の奥へと引っ込んだ。

 1人取り残された真由まゆは、所在無げに身をよじって店内を見渡す。咲綾さあやから話を聞いた時には、セラピストがいるようなアロマの香り漂う店を想像していたのだが、棚やテーブルに謎のグッズが所狭しと置かれた場所ではリラックスなどできるはずもない。ぎっしりと物が詰め込まれた空間に圧迫感を感じることもそうだが、なによりそれらが自分を観察しているような、商品が自分を品定めしているような居心地の悪さがあった。


「おまたせいたしました。お客様のお悩みでしたら、こちらの商品がよいのではないかと」


 戻ってきた店員の手には、紺色の小さなペンダントが乗せられていた。アクセントなどはなく、紺一色のペンダント。やや楕円に近い球状のそれには周期的に線が引かれ、まるで丸まったダンゴムシのようにも見えた。


「慧眼ですね。おっしゃる通り、こちらはダンゴムシをモティーフにしたペンダントになります。




 ……ときにお客様、交替性転向反応というものをご存じでしょうか。これはダンゴムシをはじめとした一部の動物に見られる反応でして、例えばダンゴムシを迷路に入れてやると、最初の角は右、その次の角は左というように、左右交互に進むことが知られています。

 このペンダントを身に着けた場合、ネガティヴな考えを持ったりネガティヴな感情になったりすると、次は必ずポジティヴな考えが浮かんできたりポジティヴな感情になったりするのです。さながらダンゴムシの交替性転向反応のように、ネガティヴとポジティヴを交互に繰り返すことによって、ネガティヴな深みにはまることを防いでくれる不思議な不思議なペンダントになっております」


 もし本当にそんなことができるのなら、それは願ってもないことだ。けれど素直に店員の説明を信じられるほど、真由は子供ではなかった。


「そのペンダントはおいくらですか?」


 その問いに、店員は表情一つ変えずに答える。


「初めの一ヶ月は無料です。当店の商品は、しっかり効果を体感した上で購入いただくため、初めの一ヶ月は無料で貸与しております。一ヶ月経った後、商品は当店に戻ってくるため、お手数ですが改めてご来店いただき、購入するかどうかの判断をしていただければ幸いです」


 店員に言われるままダンゴムシのペンダントを受け取り、店を出る。店がすっかり見えなくなるまで歩いていると、こちらを見つめていた数十、数百の視線が幻のように消えていくのが分かった。









貸与報告:5/11~5/27

貸与物:ダンゴムシのペンダント

返還状況:借用者の資格喪失

購入可否:不可

備考:当品のログを確認したところ、借用者は貸与から一週間後に恋人と破局しており、感情が著しくネガティヴになる状況が継続していた。さらに当品の影響でポジティヴな感情となった直後に母親の訃報を受け、母親の死をポジティヴに処理することができず精神に重篤なダメージを負ったと推測できる。効力自体は十分に確認できたものの、当品の貸与、売却については注意を要するべきである。


ダイヤル雑貨店 

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さんさん惨語 白木錘角 @subtlemea2

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