2023-12-15イルミネーション

 十二月十五日


 昨日は必死の思いで山を下りて、泥のように眠った。宿は当然のようにフィ姉さんと同室で、当然のように何事もなかった。


 俺があまりにもアウトドアが苦手なので、フィ姉さんが呆れている。この世界の住人は、まだ自分の肉体で仕事をする人が多いらしい。


「次は強めに魔法かけるから……」


 と言っていたが、それは多分、強めに杖で殴られることを意味する。


 宿のベッドはふわふわで、朝食にスクランブルエッグとベーコンが出るなどかなり生活の質が良い。科学技術の発展はあまりないようだが、代わりに魔法技術を駆使することによって文明が発展しているようだ。同じような人間が作っているから、同じような食事や文化も多い。


 一生味のないスープを食べることになるかと思っていたので、安堵の涙が出る。


 町は中央に教会があり、そこから道が各方面に伸びている構造をしている。教会の広場はどうやら魔法で駆動しているらしいイルミネーションで飾りつけられ、外側に向かう光の流れが演出されている。


 十人規模の楽団が舞台に乗って、今まさに演奏を始めようとしている。俺が興味を持っていると前を歩いていたフィ姉さんが立ち止まってくれた。


「ちょっと気が早いけどクリスマス楽団の演奏会だね。そっかー、音楽聞くのも初めてだもんね。聞いていくかい?」


 楽団は程よく人が集まったことを確認すると演奏を始めた。俺にとってはクラシック音楽として耳馴染みのある空気感のある演奏だが、おそらくこの世界特有の音楽なのだろう。


 興味深かったのは、楽団の前に立って指揮をしている者が居なかったということだ。音楽を解釈し、リズムをとる指揮者は、演奏のまとめ役として重要な位置を占めていると聞いたことがある。かなり人数の居る楽団だが、どうやって統制を取っているのだろうか。


「フィ姉さん、指揮者ってわかります?」


「うーん、音楽の? 知らない言葉だなー」


「楽団の前で、リズムを合わせるために指示をしている人っていません?」


「もしかして、後ろにいる人かな。『イルミネータ』って呼んでいるよ。私たちは」


 『イルミネータ』は教会を覆っているイルミネーションの網を魔法で操作している人らしい。フィ姉さんが指で刺した先で、水晶玉を持ったイルミネータが控えめに椅子に座っていた。


 この教会のイルミネーションは専用デバイスである水晶玉を持ったイルミネータがその光り方を制御している。イルミネーションは、魔力で光る光球が連なって、波のように魔力をリレーして次々に光るという構造になっている。


 イルミネーションの光は4回ごとに同じ場所が光るように作られていて、これが四拍子の役割をしているのだそうだ。


 イルミネータは光を使って楽団を指揮している、裏の指揮者なのだった。


 演奏が終わると俺は精一杯拍手をした。楽団と、素晴らしきイルミネータのために。

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