2023-12-17黄身が外側の卵

 十二月十七日


 今日は山中を散歩することにした。地球人の俺があまりに体力がないことを見かねたフィ姉さんが運動しろとしつこいのだ。森の中は未知の危険があるかもしれないので、後ろからついてきてもらっている。


 少し坂になっているところに何かがありそうだったので藪を払ってみると、人が這ってなら入れそうな穴が現れた。穴の奥を覗き込んでみると、鶏のものと同じくらいの卵が数個並んでいた。小動物が産んだのだろうか。


「あれ、取ってみていいですか?」


「おっ、少年は若いねぇ。取って何をするつもりだい?」


「孵したら懐いてくれたり、なんて」


 荷物を置いて、もぞもぞと穴に潜り込む。せっかく異世界に来たのだから、ペットのようなものを望んでもバチは当たらない。


 穴は思っていたよりも長く、肩まで入れて手を伸ばして、ようやく卵まで手が届いた。俺がやっとの思いで卵を掴んだ時、


「よっと」


 フィ姉さんが俺の腰を掴んで、大根でも抜くかのように地上に引っ張り上げた。


 途端に、がちんと音がして穴の口が『閉まる』。


 その後も、何かが中にいることを期待して咀嚼するように、穴は何度か口を開け閉めした。


「しょーねんー。危ないところだったねぇ」


 何とか立ち上がった俺は今ももぞもぞと動いている穴を見る。足が震えてうまく立てない。


「あれ、何。フィ姉さん、知っていたんですか?」


「そうだよ。洞穴ワームっていうんだ」


「俺、死ぬところでした?」


「死ななかったでしょ」


 フィ姉さんはほとんど腰が抜けてしまった俺を支えながら家まで送ってくれた。ありがたい。


 先ほどの穴は、地中に埋まっている巨大な蛇の形をした洞穴ワームの口だったらしい。産んだ卵を釣り餌にして小動物を誘い込んで、食べてしまうのだとか。


「でも、洞穴ワームの卵を手に入れたんだ。凄いよ」


「そういえば、そうですね」


 フィ姉さんが引っ張り上げてくれた時、俺は卵をまだつかんでいたので、手元には今、洞穴ワーム卵がある。


「孵したくないですね……。ワームってことは、虫の仲間でしょう?」


「それは、見せ餌だから無精卵だよ。本物は洞穴ワームが埋まっている土の奥の方で温まっているはずだから。代わりにこの卵は面白いんだ」


 貸してごらん、と言ったフィ姉さんは俺が取った卵をためらいなくフライパンの上で割る。


 そのまま火にかけて焼かれ始めた卵は、白身が内側で、黄身が外側になっていた。


「普通の卵って黄身が内側じゃん。でも洞穴ワームは内側の部分が空洞になった状態で育つから、栄養である白身の方が内側にくるんだ。これが珍味って評判でね、高く売れるけど日持ちはしないから今食べちゃおう」


 胡椒(俺が買ってきた)をかけた逆目玉焼きは、見た目が変なこと以外は、普通の味だった。


「三大がっかり珍味の一つに数えられるくらいだからね……。ことわざにもなっているから有名な食べ物だよ。『洞穴ワームの卵は洞穴ワームに入らないと得られない』ってね」


 虎穴に入らざれば虎子を得ずと同じ意味なのだろう。

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