2023-12-11壁の穴

十二月十一日


 転送ゲートに吸い込まれた俺は何か穴のようなものを潜り抜けて、部屋の一室に転がり出た。


 顔を上げて最初に見たのが耳が長いことからエルフと推定されるお姉さんだ。最初の方はそりゃあ気まずいし、お互いに驚いていた。それに言葉も通じなかったのだ。エルフお姉さんが分厚い魔導書をめくった後に杖で俺の頭をぶん殴ってから、何故か言葉は伝わるようになった。


「お姉さん、お名前は?」

「名前、いろいろあったし忘れているのもあるけど、今は『フィ』と呼ばれているかな」

「ほとんど無声音ですけど。風の音と区別付きませんよ」

「エルフって、実質風だから。うん。で、少年は?」

「私は、シラウチ・トイロ。トイロと呼んでください」

「あー、少年って苗字持ち? いいところの子? いや、その風習って100年前に終わったか……」


 といったような会話があって、俺のことを少年呼びする実際にエルフであるらしいお姉さんとの不思議な生活が始まるのであった。どうやらすごく長生きしているらしく、この世界のことについて詳しい。異世界らしく、地球と乖離した風俗があり、それを教えてくれる。


「それで、俺が出てきたこの穴って何ですか? ログハウスなのに謎の穴開いていますけど。窓というには低い位置にありますね」


 実際、俺が出てきた穴は腰のあたりで消えるでもなく存在して外気に通じている。猫の出入り口とかだろうか。


「ああ、それね。少年、面白いところに目をつけるね。それは『完成させない』の穴だよ。完成させたら後は壊れるだけだからね。一部分だけ欠けたところを作っておくことになっているんだ。」


「それ、寒くないですか?」


「いや、魔法で塞いでいるから。別に」


 そして、フィ姉さん(とりあえずこう呼ぶ)は穴を塞いでいたと思われるコルク板を満面の笑みで見せてきた。


「あとね、もう一説あるんだ。この穴ね、不吉を集めるんだって」


 コルク板の裏面には薄い鏡が張り付けられている。フィ姉さんは穴にそれを嵌めなおすと、こちらに向き直る。


「欠けたところがなければ家全体に向けて厄がやってくるでしょ? でも穴を作っておけばそこに集中して集まってきて、それを板の裏面の鏡で跳ね返すってわけ」


「その説、正しいかもしれないです。俺、ここに来る前凄く厄でしたから」


 もしかして、集まった厄に運ばれてここまで吸い寄せられて、厄ではない俺だけが鏡に反射せずに家に入れたのだろうか?


 まあ、誰も真実が分からないのではあるが……。

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