喫茶店ゲーム

毛布 巻男

喫茶店ゲーム

第1話 目覚め

コーヒーカップの音が聞こえた。ぼんやりとする目をなんとかこじ開けようと試みる。どうやら机に突っ伏して寝ていた様だが、ここがどこなのか記憶が無かった。喫茶店かファミレスの店内にいる様だ。


うとうとしながら周りを見渡そうと頭をあげ、ギョッとした。自分が寝ていたテーブル席の向かいに見知らぬ男が座っていたのだ。

目の前にいる細身の男は、サイズの合わないくたびれたグレーのスーツを着ている。目元のくまと皺から40代〜50代くらいに見えた。少なくとも自分より年上に思えた。それはスーツの男が明らかに疲れ切っている表情をしていたからかもしれない。何にせよ自分の目の前には見知らぬ男が座っているのだ。

誰なのかを思い出そうと考えを巡らせていると、スーツの男の方から話しかけてきた。


「何も話すな。これを読め」


スーツの男はテーブルの上に置かれた1枚のコピー用紙をトンと指さした。怪訝な表情で男の顔を見ながら用紙を自分の方に引き寄せる。用紙には以下のことが印字されていた。


 ルール

・ゲームに参加してもらいます

・負けたら命の保証はありません

・勝敗がつくまで席を立ってはいけません

・制限時間は30分です

・制限時間内に今いる場所を言い当てれば勝ちです

・周りの人にゲームのことを気づかれたら負けです

・あらかじめ定められた禁句を発すると即時負けです

・その他の会話は可能です

・ルール違反をした場合、負けとみなします



状況を理解出来なかったが、男の表情から冗談では無いただならぬ雰囲気を感じていた。もう一度ゆっくり男の方を見ると、険しい顔で今度は紙ナプキンをスッと出してきた。

そこには手書きで「机の下を見ろ」と書いて書かれていた。


店内をさっと見渡す。客はまばらで特にこちらに注目している人はいない。メモの指示の通りテーブルの下をそっと覗き込んだ。床には何も落ちていない。だが正面の男の方を見てゾッとした。男の手には拳銃が握られ、それがこちらに向いていた。


静かにテーブルの上に頭を上げる。男は相変わらず爛々らんらんとした目でこちらを睨みつけていた。男の持つリボルバーが本物である確証はない。しかし男のただならぬ雰囲気と、この不可解な状況がただの偽物の拳銃だと思わせてくれなかった。

段々自分が置かれている状況を理解し始めた。自分は喫茶店という公の場で監禁されているのだ。しかも場合によっては殺されるかもしれない。その恐怖と焦りから鼓動が早くなり息が浅くなるのを感じた。


おもむろに男はテーブルの上に置いてあった砂時計をひっくり返した。あまり見たこともないサイズの大きな砂時計だった。皮肉にもこのビンテージ調のカフェに似合った砂時計だった。ゲームは今開始されたのだ。


焦りながらも改めてルールが書かれた紙を読んだ。

自分はこの理不尽なゲームに強制的に参加させられた。30分の間席を立つことが出来ない状態で今いる場所を言い当てるというゲームの様だ。何故この男はこんな意味不明のゲームを仕掛けてきたのか。男は一体誰なのか。様々な疑問が頭に浮かんだが、その度にルールの"ある項目"に口をつぐまされていた。


・あらかじめ定められた禁句を発すると即時負けです


これはどういう意味か。ドボン的なキーワードがあるのか。そう考えると無邪気にくだらない質問をして命を危険に晒す事は出来なかった。ましてや周りの人に気付かれないことも条件に入っているので、より発言には注意が必要だった。


考えを巡らせていく中で疑問が湧いた。そもそもどのように場所を特定する事を想定しているのか。男に素直に聞いても教えてはくれないだろう。喫茶店の店員に聞くのはルールに反するのだろうか。

考えた挙句、やはり最初はルールに関する事を聞いてみることにした。ルールの確認がダメな事は無いだろうという推測もあったからだ。そこから少しずつ何が出来るのか、何をさせたいのかを探っていけばいい。


「これは…」


「ご注文はいかがなされますか」


話しかけようとした瞬間、ウェイトレスが声をかけてきた。あまりのタイミングに驚いたが、改めてテーブルを見ると男の手元にはコーヒーカップが置かれていた。


「あぁ、じゃあアイスコーヒーで。ブラックでいい」


「かしこまりました」


そういうとウェイトレスはサッとカウンターの奥に消えていった。


ふぅと一息ついて、改めて男に尋ねた。


「あなたへの質問を通して私が場所を特定する事を期待しているんですか?」


「さあな」


想定外の回答だった。まさか問答をする気が無いのか。だとしたらどうやって特定するのか。むしろ何を期待しているのか、わからなくなった。

だが少し考えると今の回答からもヒントが得られる様な気がした。予め答える質問が決まっているのかも知れない。例えばYES/NOで答えられるクローズドな質問にしか答えないなどだ。ゲームというキーワードからも大いに考えられる内容だった。

試しに、よりクローズドな質問をしてみることにした。


「あなたは男性ですか」


「ああ、そうだ」


やはり、そうか!状況も忘れて内心喜んでいた。謎解きや論理的思考は得意と自負していた。この異常な状況さえ乗り切ってみせる!

しばし空中を眺めながら質問を考えた。そして禁句ではなさそうな、だが核心を突く質問を投げかけてみた。


「このゲームはあなたが考えたものか?」


男は表情を変えずに静かに口を開いた。


「いいや、違う」

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