第2話 問答

やはり思った通りだった。自分は喫茶店に来た覚えはない。どこからか運ばれてきたはずだ。ゲームを考えて、自分を拉致して、喫茶店に連れてくる間に少なくとも協力者がいると踏んでの質問だった。

そして目の前の男の特徴からこんな手の込んだゲームを考えるタイプに見えなかったというのもある。改めて男をよく観察してみた。ダボついたスーツだが着なれている印象を受ける。普段から仕事で着ているのだろうか。テーブルの上に置かれた左腕は細身の割にはゴツゴツとして力強そうにも見える。力仕事だろうか、だがスーツのイメージとは一致しない。


少し気持ちが落ち着いてきたことで店内の様子も伺えた。店の中央には入り口に対して横向きに仕切りがあり入り口側と奥側にそれぞれ3組ずつソファー席が設けられている。店の前面はガラス張りでその手前には小さな丸テーブルが2つ、並んでいた。店の奥にも同様に丸テーブルが2つ並んでいる。客はまばらで入り口側の丸テーブルに女性が1人、ソファー席に2人の女性客が座っていた。自分たちは店の奥側のソファー席の真ん中に座っている。店の奥側に目をやると2人掛けの丸テーブルで新聞を読む男性が1人と、自分の後ろのソファーに1人の男性が見えた。


この中に男とグルの人間が混じっているかもしれない。質問をしても良かったがそもそもゲームのルールとして男との問答に信憑性があるのかを確認するのが先だと思った。


「あなたの回答に嘘はあるか?」


この質問に男は少し考えながら口籠り、そのまま答えない様子だった。


場合によっては答えない回答がある様だ。そして男はそれを嘘と捉えるかどうかを決めあぐねていると推測した。

この時、直感で男との問答だけでは居場所の答えが見つからない気がした。


喫茶店の外を見る。人通りの多くない通りが見える。座っている位置から入り口まで少し距離があるため、あまりはっきりは見えないが細い車道の様だった。ガードレールなどは見当たらない。向かいにはシャッターの閉まった建物があるだけだった。

この光景をどこかで見ただろうか。


しばし頭の中で今までに訪れた町や場所を思い起こしていた。だがこのヒントも何もない中、思い出せる場所は無かった。


そうこうしているうちに先程のウェイトレスがアイスコーヒーを持ってきた。こんな事なら糖分を摂取する為にガムシロップも頼んでおけば良かったと後悔した。


「ごゆっくりどうぞ」


そう言ってウェイトレスは去ってゆく。やはり今は男との対話の中で答えへの糸口を見つけるしかない。


「あなたはこの場所に来たことがある?」


「ある」


「よく来ていた?」


「いや」


「コーヒーを飲みに?」


「いや」


「うーん、じゃあ仕事で?」


「そうだ」


仕事で喫茶店に来るとなると男の仕事内容は限られてきた。喫茶店の店員か、仕入れ業者か、郵便屋か…。いや、どれも違う。本当は心のどこかで既に勘付いていた。


「…あなたは、警察官?」


男の表情は変わらなかったが、どこか覚悟を決めた様な雰囲気を感じた。しばしの沈黙の後、男が答えた。


「…元だがな」


警察官が何故こんな事をするのか。もしかすると以前担当した事件と関係するのかもしれない。絶対そのはずだ。なにせ警察官と弁護士である自分が事件現場かもしれない場所で命をかけたゲームをしているなんて偶然のはずがない。

これで辻褄が合ってきた。この男、もしくは別の犯人は何らかの事件に関連するこの場所を自分に思い出させたいのだ。そして30分で思い出せなければ殺すということの様だ。


逆恨みだろうか、もしくは弁護した被疑者の被害者か。さっきまでとは違い、今まで担当した案件が頭の中で駆け巡っていた。

とは言え、警察と違ってほとんど現場に赴かない弁護士の自分が初めて来たであろうこの場所を思い出す事は不可能に近いと感じていた。


考えながら周りを見渡す。あまりに自然だったので目に留まらなかったがテーブルの上にはいくつかのものが置いてあった。

ルールの書かれたコピー用紙、差し出された紙ナプキンとアンケート用か何かの使い捨てのえんぴつ、そして大きな砂時計がある。その他にはまだ手をつけてないアイスコーヒーと、向かいの男の前に置かれたコーヒーカップ。テーブルの脇にはメニューが立てかけられその手前には木で出来た塩胡椒のミルが2つ置いてあるだけだった。

ふと、男の座るソファーの脇に新聞が置いてあるのが見えた。時間まで新聞でも読んでいたのだろうか。


自分のズボンのポケットも探ったが携帯も財布も入っていなかった。はぁ、とため息を吐きながら店のカウンターを見ると、こちらを睨んでいたウェイトレスと目が合った。ギョッとするのも束の間、ウェイトレスはバックルームへ下がっていった。


何故こんな単純なことを見落としていたのだろう。店の従業員がグルの可能性が高いじゃないか。そもそも寝てる人間を喫茶店に連れてくるなんて怪しすぎるはずだ。普通は店員がそんなのを受け入れるはずがない。

そう思うと、周りの客も含め皆がグルに思えて来た。

いや、違う。これは認知バイアスのはずだ。落ち着け。と、自分を落ち着かせた。

グルグルと頭の中で色々な思考が巡っていた。砂時計に目をやると砂が3分の1ほど落ちているように見えた。


考えることは2つあった。1つはこのゲームの勝利条件である場所を把握すること。そしてもう1つは、ゲームに負けた時にこの場所から脱出する方法だった。


どちらに注力を注ぐべきか。悩みながら目を向けた新聞を見て、またしてもハッとなった。新聞の日付が今日のものでは無かった。



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