第3話 答え

新聞の日付には2月3日と記載がある。もし自分が8ヶ月間眠っていたのではないとすると今は6月のはずだった。

テーブルに身を乗り出しながら男の顔を見た。自分が新聞を見ようとすることを特に気にしてないようだった。

目を凝らして日付をよく見た。どこかに年号が書いてあるはずだ。そしてそれはすぐに見つかった。新聞の上部には"2010年"の記載が見えた。10年以上前の古新聞がここにあることについて、考えられる理由は2つあった。古新聞らしく何かを包むことや隠す為に使われていたか、もしくはこのゲームのヒントとなるアイテムとして置かれていたかだ。

どちらもあり得た。何せ目の前の男は拳銃を持っている。何にも包まずここまで引っ提げて来たとは到底考えられない。


どちらの理由もあり得たがこれが"ゲーム"である以上、答えに辿り着くための情報の可能性は大いにあると考えた。


2010年。その頃弁護士として担当していた事件を思い起こしていた。

とは言え何を思い出せば良いのか悩んでいた。細かい事件も含めれば相当な数を担当している。全てを思い出すことは出来ない。

だが新聞をヒントと仮定するならばやはりこの奇怪な状況もヒントなのではないだろうか。


何か出かかっている気がする。


その時、店のドアがカランと音を鳴らし開いた。それに合わせて入り口に目をやる。

若い男性が1人立っていた。すかさずウェイトレスが駆けつけ店に通した。どうやら好きな席に座るよう言われたようだ。客の男は自分たちの隣のソファー席へと腰掛けた。

この男はたまたま隣に座ったのだろうかを目で探りながら質問を続けた。


「2010年、あなたは警察だった?」


「…そうだ」


暫し考えた後に男はそう答えた。


「この喫茶店で何か事件が起きた?そしてそれを担当していた?」


男はそれを肯定した。元々男に覇気はなかったが一層無気力になっている様に見えた。


喫茶店の事件。何かを思い出せそうな気がしていた。砂時計の砂は半分以上が下のビンに流れていた。何かヒントが無いか辺りを見渡すがそれらしき物は見当たらない。


改めて男を見るが、右手が机の下に伸びている以外にめぼしい特徴は無かった。あの右手には拳銃が握られている。


ふと記憶が繋がった気がした。


「喫茶店で拳銃…まてよ!」


思わず口走るべきでない声を発してしまったが、繋がりそうな記憶を辿ることに専念して気にも止めていなかった。

あったのだ。喫茶店での発砲事件が。20歳そこらの男が警察から盗んだ拳銃で同席していた男を射殺した。犯人の男は一貫して無罪を主張していたが状況から間違いなく犯人であった。そして自分はその男の弁護をした。

罪を認めて反省をしている事を主張すべきだと説得をしたが、結局男は最後まで罪を認めず重い禁固刑になった。


「あの事件の犯行現場だってのか…」


何故今まで忘れていたのかと考えながら、この状況を紐解くヒントとなるはずの事件の情報に集中した。

確か場所は都内で、板橋だか北区だかその辺りだった様な覚えがある。

そこまで考え、またいくつか疑問が生まれたので男に訊ねた。


「どこまで詳細に答える必要があるんだ。都道府県なのか市区町村か、はたまた店舗名が必要になるのか」


男はすんなりと答えた。


「店を一意に特定出来る様にだ」


予想はしていたが難しい条件だった。結局は過去の事件を思い出すしか無かった。

事件の被告人の顔は浮かんでいた。真面目そうと言えば聞こえは良いが、率直に言えば暗い感じの男だった。自己主張がなく殺人とは無縁そうで、事件の被告人になっているのが不思議なほどだった。弁護士の自分にも一切情報を出してくれず結局状況証拠から考えられること以外の情報は得られないままだった。


逮捕されたのは店だっただろうか。いや確か違った。拳銃をおいたまま店を離れどこか変なところで捕まっていた様な覚えがある。


考えながらふと店の壁に目をやると、夏祭りのポスターが目に入った。店では無くどこか近隣で行われる様だ。近くに寺でもあるのかと考えを巡らせた時、事件の重要なポイントを思い出した。


「寺じゃない…大仏だ」


思わずまた呟いていた。そしてそれを聞いていた目の前の男の目が少し見開かれたのを見逃さなかった。

以前の事件の犯人は大仏の前でたたずんでいた所を取り押さえられたのだ。それが何故だかは結局わからずじまいであった。


あの辺りに大仏は一つしかない。東京大仏だ。


となると板橋区赤塚あたりの喫茶店になるはずだ。だが流石に店舗名は思い出せない。

ほとんど落ちかけている砂時計を見ながら焦っていた。店名などそもそもインプットした覚えすら無い。どうするべきか。ここまでたどり着いたのに残り一歩が遥か遠くに感じた。


このままじゃだめだ。ゲームに勝つためにはどうすれば良いかとルールを今一度見直した。

勝つための条件はこの一文だけだ。


・制限時間内に今いる場所を言い当てれば勝ちです


今いる場所とは。喫茶店の中。東京の板橋にある。それはどこなのか。

先ほどの男の発言が頭によぎった。


"店を一意に特定出来る様に"


…!

そうであるならば店名は不要だ。


興奮で見開いた目を男に向けながら、少し低い声でゆっくりと発言した。


「ここは、拳銃による殺人事件があった、東京大仏の最寄りの喫茶店の中だ」


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