第4話 決着

恐ろしい状況であったからか、あるいは導き出した答えに対する期待なのかはわからないが、気持ちは興奮していた。しかし相反して正面の男は何も言わず考え込む様に黙っていた。


暫くして最後の粒が落ちた砂時計に2人は目を向けた。男がポツリと話し始めた。


「俺は、逮捕されたあいつの尋問をしていた。頭に来ていた。同僚が殺されたと思っていたからな」


感情を押し殺して話をする男の声をただ聞いていた。


「ダメなことくらい分かってはいたさ。けど我慢できなかった。俺は被疑者に暴力を振るった。何時間もな。こいつなら外部にチクったりはしないと思ったんだ」


確かに事件の犯人だった男は、不条理な目に合っても騒ぎ立てるタイプには見えなかった。それは元々の性格が大人しそうというのもあったが、何か負目を感じている様に見えたからでもあった。

単純な罪の意識かと考えていたが別の理由もあったのかもしれない。


男は話を続けた。


「何一つ話さなかったことが、余計に頭に来たんだ。悔しかったんだ。どうかしていた。

当然クビになると思っていたが、あいつは何も証言しないし警察内部からもお咎めなしだった。

そこで少し疑問を持った。もしかするとこの事件にはもっと大きい力が働いているかもってな」


確かにそうかもしれないと思った。殺されたのが警察官であることや、拳銃が犯行に使われていること。そしてただの偶然かもしれないが今の状況と酷似していること。

何かを見落としている気がして、関連性を考えた。今の状況の犯人は誰だ。何の目的で。

砂時計は終わりを示していたが構わず質問を投げてみた。


「お前は俺を誘拐した犯人の仲間か?」


男はこちらを向き、また無気力な表情で首を横に振った。


そういうことか。なぜ今まで気が付かなかったのか。こいつも巻き込まれて連れてこられたということだ。

という事は、俺を撃つメリットはないはずだ。おそらく犯人の指示に従っているだけだろう。しかしなぜ従うのか。弱みを握られている?

助かるかもしれないという思いと、真意を探ることに必死で頭を働かせた。


ただの復讐だったらこんな回りくどいことをする必要はない。拉致した段階で拷問するなり殺すなり出来たはずだ。だがこうして当時の事件を再現する様なことを行わせている。何かを思い出させるためだろうか。事件について思い出したところで俺が持っている情報が当時から変化するわけではない。となると何か新しい気付きを期待しているのだろうか。当人の立場になってわかることがあるのか。

どれも推測の域をでないことだった。しかし自分が過去の事件でなんらかの過ちを犯していた、もしくは真実を見逃しているのだと感じていた。確信もなく犯人はこんなことをするはずがない。

そう思うと話を進めずにはいられなかった。


「ゲームの答え。合っていたのか」


男はチラッとこちらに目を向けたが何も答えなかった。

代わりに男は質問をしてきた。男がする初めての質問だった。


「お前は正しいことをしたか?」


じっと見つめてくるその目は感情が読み取れない様な冷たい目だったが、何故だか穏やかな目にも見えた。そしてそれは男が何らかの決意を固めたことだと理解していた。まだゲームは終わっていないのだ。

だが不思議と焦りはなく、むしろ自分も男のその決意に呼応する様に真っ直ぐな心で考えた。

過去の事件では被疑者から真実を聞き出せなかったし、減刑も出来ていない。ただし弁護士としてやれるだけのことはやった結果だった。


暫しの沈黙の後にこう答えた。


「わからない」


答えを聞いた男はため息の様にゆっくりと息を吐き、


「そうか」


とだけ呟いた。


いつのまにか店内の客が少し減っていた。目の前のことに集中しており、周りを全然見えていなかった。ふと周りを見渡そうと目を横に向けた時、机の下で、「カチッ」と音がした。離れかけた気持ちが再び机の前に戻ってきた。


あの音は激鉄を上げた音に違いなかった。撃たれる!一刻も早く逃げ出すべきなのに身体が動かせなかった。


男が小さく呟いた。


「…悪いな」


言い終わると同時に、パン!と乾いた音が鳴り響いた。



胃と手が痺れて感覚がなかった。恐る恐る自分の体に目を落とした。どこにも血は見た当たらない。ぎこちない動きの右手で腹をさすった。

そうして傷を探していると、カチャンと机の下に物が落ちる音がした。


ハッとして男を見た。男は目を見開き、吐くのを堪えているような表情でこちらを見ていた。そしてそのまま机に倒れてきた頭は、先ほどの銃声以上に大きな音でコーヒーカップを吹き飛ばした。


驚いたウェイトレスが離れたところから恐る恐る男の顔を覗き込み、キャーと叫びを上げたのをきっかけに店内はパニックに陥った。

入り口付近の客が慌てながら店から出て行く。自分の後ろの席にいた男は状況をみて腰を抜かしたようだった。


机の横にだらりと垂れ下がる男の右腕は黒い皮の手袋がはめられていた。

机の下を覗き込んだ。自分の足元あたりに拳銃が落ちている。

自分が死なないことがわかり安堵したためか、はたまた状況が出揃って推察が進んだためかはわからないが、この拳銃には最初から自分の指紋がついている気がした。


店を出た客かウェイトレスがすぐに通報するだろう。警察は数分で駆けつけるし逃げ場はないはずだ。


どうして良いかわからなかったが1つだけわかったことがあった。


「あの事件も同じだったのか」

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