第12話 英の役割
警視庁の地下2階の駐車場に停められたバンの中で、スパイ映画さながらの機材を並べて、
怒鳴る声が聞こえた後に、決定的な言葉を聞いた。
「…何故弟がお前に情報を渡すんだ」
全身にさぶいぼが立つ。来た。
機材を触り用意していたイヤホンを耳に当て音が転送されているのを確認する。そのまま車を降りイヤホンを固定させながら階段へ走った。
走りながら「リストを確認する」という台詞が聞こえる。間違いない。香川が黒幕だ。非常階段を駆け上がりながら、これからの行動を考え手が震えていた。
15階近く階段を上り流石に息を切らしながら、イヤホンの音に注力する。ガサガサと何かをしている音が聞こえる。息を整え、非常階段から出てフロアを進む。廊下を進み1つの扉の前で立ち止まった。この中に香川がいる。
コツコツとノックをすると、耳元からもその音が聞こえてくる。それまで聞こえていたガサガサする音がピタリと止まった。返事を待たず扉を開く。そこには鞄に物を詰めてどこかへ行く準備をしている大柄な男がいた。薄く禿げた頭にはびっしりと汗をかいているのが見て取れる。
「誰だ。何を勝手に入ってきている」
怒鳴り気味に問いただされるが、意に介さずイヤホンを外しポケットにしまった。そして代わりにジャケットの内側に隠したホルスターから拳銃を取り出し構える。
「待て、待て。何をしている。何かの勘違いだ」
香川は震わせた両手を上げて、
サイレンサーの取り付けられたその拳銃を握りしめて、胴体に狙いを定めながらゆっくりした口調で問いただす。
「Cリストの在処を言え」
「何だと。え、あ、お前が犯人の仲間か」
不規則に肩で息をしながら香川が続ける。
「そんな事を聞いても無駄だ。この状況からリストには辿り着けない」
「構わないからさっさと答えろ」
「それに金が目的だろう。こんな事をしても、いやこんな事をしなくても金は払うつもりだ」
香川はあげた手をゆっくり下ろし、そして次第に冷静さを取り戻していく。
拳銃を構えたままソファーを迂回し香川に近づいているが、その状況にも関わらず、香川が睨みを聞かせ低い声で忠告をする。
「私を撃ったところで何も得られんぞ。命が惜しければ手を引け」
「命など惜しくないさ」
そう言って英は引き金を引いた。ポスッと空気の抜けたような音がしたと同時に香川が叫び声をあげる。右腕を抑え、体を折り曲げて悶えている。
「もう一度だけ聞く。Cリストはどこにある」
「わかった。私の家だ」
「嘘をつくな。こちらは当てがついているんだ。違った事を言えば命はないぞ」
「本当だ。3年前までは外事第四課の旧端末からのみアクセスできた。今は署内には無く家の書斎の引き出しに端末が隠してある」
ポスッと発報の音がして香川が崩れ落ちた。
拳銃を胸元に仕舞い、生き絶えた香川を一瞥しそのまま部屋を後にした。
再び非常階段から駐車場に戻り機材を操作する。機材から取り出したUSBメモリを既に宛名が書かれた封筒に入れた。出口に向かいながら、香川がターゲットであったこと、任務を達成したことを、伯弥にメールした。裏手にある郵便局のポストにUSBメモリを入れた封筒と、もう一つ別の封筒を投函しながら、想像以上にスムーズに事が進んだことに驚いていた。これだけ現場の近くにいるにも関わらず、いまだに騒ぎは聞こえて来ず、自分も当然誰にも追われていない。このまま逃げ切れてしまうのではと錯覚してしまうほど街は日常通りだった。
警視庁へ再び足を進める中で、自首しないといった妄想も次第に消え失せた。自分はここまでの役割を果たしたに過ぎない。ここから捕まって証言することも含めて、まだ役割は残っているのだ。決意を固め、捜査一課の執務室へと入って行った。
後に世間を騒がせた『警視庁内銃撃殺人事件』は、大きな達成感を持った犯人英の自首という形で幕を閉じた。
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