第8話 次の喫茶店へ

日も落ちきり光源は、遠くに見える街灯の光だけになっていた。通りから少し奥に入ったところにある、古びたプレハブ小屋の2階の扉が軋む音を立てて開いた。コートの肩に乗っている降り出したばかりの雪を払いながらはなぶさがオフィスに入ってくる。20畳ほどある作業場にはパソコンや印刷機が多数並んでおり、広い机には地図や人物のメモが雑多に散らばっていた。煩雑はんざつな空間で1人の男が忙しなく働いていた。


部屋の中にも関わらずジャンバーを着ている男に、英が声をかけた。


伯弥たかやくん、こんな時間に呼び出してどうした。まさか遂に来たのか?」


伯弥と呼ばれた男は少し興奮気味に振り向いて答える。


「そのまさかです。ついに連絡が来ましたよ」


「本当か。独活山うどやまは期待通り動いたのか。信じられないな」


「あの状況下で本当に良くやってくれましたよ。自分の敵か味方かも分からなかったはずなのに」


英は天井を見上げふぅとため息をついた。


「ここまで長かったなぁ」


「まだこれからです。気を抜いちゃいけませんよ」


言いながら伯弥は少し険しい顔で机に置いてある写真に目を向けた。若い青年と中学生くらいの男の子が写っている写真だった。

そうだなと、英も寂しげに写真に目を向けた。


「こちらの手筈も整っている。犯人候補の3人の部屋からは会話がそのまま転送されることを確認している。あとは本当に丁田との繋がりがあって電話がかかって来さえすれば」


「もし違っていたら?」


「その時は丁田ちょうだだけがしょっ引かれることになるな」


「丁田の裏にいる黒幕を討たないと意味がないですよ」


伯弥の眉間にシワが寄り、一層険しい顔になっていた。見かねた英があえて元気な話し方で励ました。


「大丈夫だ。今までも上手くやってきただろ。それに3人は金の流れから何らかの不正には手を染めている。リストを持っている確証が掴めていないだけだ」


「そうですね」


伯弥の顔から険しさは消えたが真剣な眼差しで向き直り英に問いかけた。


「英さん、これを実行したら英さんが築き上げた警察官としての地位も失います。本当に大丈夫なんですか?」


英は少し驚いたような顔で伯弥を見た。そして穏やかに答えた。


「わかっていると思うが全てこのためにやってきたことだよ。お兄さんの事件がなければ警察官にだってなっていなかったさ。当然、全てを失う覚悟は出来ているよ。それより伯弥くんだって危険な任務を担当するんだ。下手すれば命だって危ない」


「私も同じです。ジャーナリストの仕事も兄の仇を討つためにやっていたことです。命をかける覚悟もありますよ。けどあいつらを見逃すつもりだけはありません」


「そうだな、かならず成し遂げよう」


英は伯弥の肩をポンポンと叩いた。机に向き直って声色を改め話し始めた。


「すぐに丁田とのスケジュールを議員秘書に連絡して抑えてもらおう。3週間以内には組めるはずだ。桜田門のあの店を抑えられそうか」


「いえ、3週間だとそちらの店は多分間に合いません」


伯弥はそう言いつつ英のわきをすりぬけ、机に広げられた地図に近づき、赤い印と付箋が貼られた箇所を指差した。


「決戦の場所はここ。霞ヶ関の喫茶店です」


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