第7話 本の中身

連日、調達屋と交渉はしていたがまともに取り合ってすら貰えなかった。

ここ数日の進捗のなさに焦りながら、別のアプローチも考えなくてはならないと思っていた。手紙の差し出し主はこの状況を予想出来なかったのだろうか。周到に小説にメッセージを忍ばせ検閲もパスするだけのことを成し遂げた相手が刑務所からインターネットへアクセス出来ないなんて簡単なことを見逃すわけがあるのだろうか。もしくはこちらを買い被っていたのだろうか。何か見落としている可能性がある。

必死に小説を読み返し、URL部分にも何か隠されていないか読み込んだ。しぶとく模写して分析いく中でようやくあることに気がついた。

同じ文字列が何度か登場していたのだ。


… /%4e%41%4d%45/…


最初は一般的なWEBのディレクトリに関する文字列なのかと思っていたが、そういった主要なディレクトリは16進数表記されることはなく英単語や略語で記されることが一般的だった。


「この4つの16進数は…」


自分の呟きで、ハッとした。文字列がスッと16進数だと理解していたこと。確かによく見て考えればわかることだが自分には特に馴染みがある物でもなかった。だがここ最近これを何度も見かけていたのだ。


つまらないながら読んでいたこの小説の7章以外の本編の中に16進数を文字列に変換する暗号の話が出てくるのだ。そして律儀にもアルファベットとの変換表の挿絵まで書かれていたのだ。


「何故気づかなかったか」


思わずため息混じりに呟いた。

他のURLも改めて見返した。どのURLも後半に少し長い16進数の文字列が並んでいた。


試しに先ほどの文字列を変換表に当てはめてみた。


%4e → N

%41 → A

%4d → M

%45 → E


NAME。つまりこの後には名前が記されているということか。

わかってしまえばあとは驚くほど簡単だった。

黙々と文字列を変換し名前とその人の所属、そして連絡先と伝えるべきことが明確になっていった。中には名前を知っている有名な政治家へのコンタクトの方法も記載されていた。一体どうやって準備したのか分からないが1年やそこらで根回しできるものではないように思えた。何人の人物が裏で準備をしていたのか。喫茶店ゲームはいつから計画されていたのかを想像するだけで目眩がした。


リストの中には捕えるべき悪として記載された人物が2人いた。1人の情報はほとんどなかったがもう1人の情報には見覚えのある名前が記載されていた。


"TOMOYASU CHODA"


それは、事件の実行を誰に依頼されたのかを執拗に聞き出そうとする、不可解な取り調べを行った警官の名前だった。

丁田ちょうだという男が何者なのか読み進めた。内容はこうだ。


"警視庁署員。喫茶店発報事件の際、米山の弟を拉致。中野辺なかのべに米山殺害を強要"


米山という名前を見てはっきりと思い出した。米山は2010年に起きた喫茶店での事件の被疑者の名前だった。そしてうろ覚えだが中野辺は被害者の名前だったはず。



今わかっている情報について考えてみた。

最初の喫茶店事件の犯人だった米山は予想通り自分と同様に発砲はしておらず目の前で中野辺が自害するところを目撃している。そして弟を人質に取られ何も証言できなかったと予想される。


中野辺は丁田に脅されたが何故か米山を撃たず自分が犠牲になる道を選んでいる。そもそも喫茶店に呼び出していることから元々中野辺と米山は知り合いのようだ。本の情報を加味して考えると中野辺は、米山とその弟を守ろうとした可能性がある。


そして丁田はこれらを実行させた犯人だがその動機はわからない。シンプルに考えると米山と中野辺に弱みでも握られていたのだろうか。いずれにせよ1人を殺害しもう1人を殺人犯に仕立てあげようとし、そして成功している。


その後、中野辺の同僚だった仏原ほとけはらが逮捕された米山を尋問し、自分は米山を弁護したが、自分も仏原も真実には辿り着けなかったというわけだ。



では自分たちが巻き込まれた喫茶店ゲームの事件はどうだろう。

米山の弁護をした自分はともかく、尋問した警官を特定しゲームに巻き込むことが出来る人物はそう多くないはずだ。警察関係者に協力者がいることは、まず間違いないだろう。


喫茶店ゲームの犯人が丁田とその仲間だと仮定すると動機は何か。米山や中野辺が何らかの情報を誰かに託している事を恐れての実行だろうか。それであるならば事件後に米山と接していた自分と仏原がターゲットになったことには納得がいく。しかし過去の事件から時間が空きすぎていることやわざわざ拉致したのであればそのまま手を下してしまえば良いため今一つ合点がいかない。


犯人が丁田とは敵対する人物だった場合はどうだろう。米山や中野辺に他に味方がいたとすると自分と仏原を狙うだろうか。裁判の結果に不満を持ったからというのは無くはないかもしれない。

もしくは自分たちと丁田の間に繋がりがあると思われてそれを探るために狙われたのか。

しかしこちらの場合も何故10年以上もの期間を空けたのかが不明だ。



手紙と本の送り主が喫茶店ゲームの犯人と同一だと仮定する。丁田が犯人だった場合は自分を倒すべき敵であるとメッセージを送ってきていることになる。わざとそんなことをするメリットがあるだろうか。

逆に丁田の敵対者が犯人だった場合はメッセージ内容はしっくり来る。


手紙の送り主が犯人とは異なる場合、犯人は丁田で敵対者が助けの手を伸べてきたのだろうか。しかしやはり丁田が喫茶店ゲームの犯人という線がしっくりこない。



状況がいずれにせよ自分は全力で協力する気だった。その上で自分が出した仮説はこうだ。


喫茶店ゲームの首謀者も手紙の送り主も丁田の敵対者である。

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