第6話 メッセージ

雑居房に戻り届いた小説を読み始めた。元々本は好きで刑務所内でもずっと読んでいた。しかし何故、参考資料として小説なのか理解不能であった。

本の内容はなんてことないミステリー小説だった。聞いたこともない作者の本で、分厚く話が散漫で読みにくい本だなぁという感想だった。大して面白くも無かったが他にやることもないので黙々と読み続けた。


消灯も間近になり、キリの良い所で読むのをやめた。だが次の章のタイトルをチラリと見て全身に鳥肌が立った。


『7章 仏原ほとけはら遺言ゆいごん


仏原。それはあの忌々しい喫茶店ゲームで対峙した男の名前だった。裁判で何度も被害者の名前を聞いていたから間違えるはずはない。

やはり手紙は事件関係者からだったのか。本当に仏原からの遺言なのだろうか。その可能性があり得るのか、ぐるぐると頭の中を同じ様な考えが繰り返されていた。

読みたくて仕方なかったが、消灯のため我慢して翌日読むことにした。


翌日の空き時間に早速、7章を読み始めた。予想通りそれまでの話とは全く関係の無い内容になっていた。要約するとロッキーという男に騙されて逮捕されたダズが、ロッキーからの手紙を受けて巨悪を倒すために自分は仕方なく騙されたと知り、獄中から色々な人間を動かし真犯人を追い詰めるという話だった。話にもし続きがあるとすれば最後はロッキーが真犯人と対決し捕まえることになるだろう。だがこの本ではその前に7章が終わり、また元の小説の話に戻っていた。

つまりこの本と手紙の送り主はロッキーに当たる人物で、お前はダズと同じように獄中から真犯人を追い詰めろと言いたいのだろう。


やらない選択肢はない。自分が何に巻き込まれているのか、知らずに終わるわけには行かない。


小説を一通り読み終え、それから何度も7章を読み返した。ダズは自分だけが知っている情報を元にメディア、警察官、政治家などとコンタクトを取り、真犯人が逃げられないよう外堀を固めていた。しかし自分にはそんなコネクションは無く誰に連絡したら良いのかさえさっぱりわからない。ましてや真犯人の情報も持っていない。

この後また指示が来るのだろうか。小説ではロッキーは最初の手紙からは他に連絡をせず、最後に一度だけ直接接触を行っていた。


「この情報だけでどうすれば良いんだよ」


それからは手紙を読み、小説を読み返す日々を送っていた。炙り出しなど暗号的なことも考えたが、大事なメッセージ自体を燃やしてしまう可能性やそんな気が付きにくいことを考えるかという思いから実行せずにいた。そもそも刑務所内で炙り出しをするというだけでハードルが高いのだ。


「何度も本を読み返すなんて、あんさんにしては珍しいですな」


眉間にしわを寄せながら読んでいた自分に、同房のおじいさんが声をかけてきた。普段あまり会話もしないので少々驚いたが、適当に濁しながら答えた。


「ええ、あまり内容を理解出来なくて読み返しています。そんなに面白い本でも無いんですがね」


「そうでしたか。いつもは難しい本もサラッと読んでしまうのでどうしたものかと思っていましたよ」


「あぁ、ビジネス書や法律関連の本は読み慣れているのですが、文学はそこまで得意ではなくて」


「私はね、文学が好きで色々とわかったつもりで読んだりするんだけど、あとがきを読むと全然わかってなかったなぁと思うことが多いんですよ。文学者なんてみんな変わり者なんだから理解できなくて当然なのかもしれないなぁって。最近はそんなことを思ってますよ」


「そんなもんですかねぇ」


と愛想笑いをして話を区切った。文学をそこまで読まないというのは本当だった。学生時代には有名な書籍を読み漁ったりもしていたが、社会人になり自分の時間も取れない中で、趣味の本を読んでいる余裕はなかった。

あとがきかぁと、本をめくりこの本には前書きもあとがきもないことを改めて確認した。

小説の終わりのページをめくるとすぐに参考文献のページがくる。何度も読んでわかっていることだった。参考文献ページをパラパラとめくる手があることに気付き止まった。文学に参考文献?あるとしても有名文学からのフレーズの引用などそこまでは多くないはず。手元の本の参考文献は10ページ以上あった。

内容は気象データや故事成語、シェイクスピアの引用など、それっぽいものが並んでいるがそもそもシェイクスピアの引用なんか本編に出てきた覚えがない。それぞれの引用先として記載されたURLをひとつひとつ確認してみた。その中で目に留まった文字列があった。


https://…tigermedia.com/…


タイガーメディア!手紙を送ってきた会社のドメインだ。他のドメインも見たことのないものばかりで気象庁でさえガバメントドメインのgo.jpにすらなっていなかった。


「…田中さん、少し理解が深まったかもしれません」


田中さんと呼ばれたおじいさんは「それは良かった」と優しい表情で微笑んだ。


隠されたヒントを見つけて喜んではいたものの、どうやって確認するかという課題が残っていた。刑務所の中では当然、携帯やPCを使うことは出来ない。この課題をクリアしないと折角見つけたヒントもなんの役にも立たない英数字でしかない。

調達屋と呼ばれる男がいて色々な物を持ち込んでいる受刑者を見かけてはいた。しかしスマートフォンやタブレットなどの通信機器は見たことがなかった。刑務所だとわかっていながらURLにヒントを隠してきたことに対し若干の苛立ちを覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る