第9話 開戦

午前の仕事を終え指定の場所へ向かった。ワンメーターのタクシーで着いたその場所は通りの角に面した喫茶店だった。スモークガラスとは言え中の様子が伺える上に、事前に調べた限り個室もない。何の話をするにせよ不用心過ぎる。オープンな場で話せる内容の可能性も否めないが、こういった要件と場がマッチしていない状況は警戒すべきだと考え、念のため事前に部下を現場へ向かわせていた。

指定時間の10分前なので秘書か付き人なら来ている時間だろう。開かれている店の入り口から店内に入る。

コートを脱ぎつつ万が一先方が来ていることも考え、すっと背筋を伸ばしながら店内を見渡す。店員が声をかけてくるのを遮ってスーツの男が声をかけてきた。


丁田ちょうだ様、お待ちしておりました。もうまもなく参りますのでこちらへどうぞ」


黙って頷き男の後に続く。

店の1番奥のソファー席へ着くと見知らぬ若い男が座っていた。こちらに気づくなり立ち上がり笑顔で挨拶をしてきた。


「丁田警視正、本日はよろしくお願いします」


名乗りもしない男に苛立ちながら案内の男に目をやる。しかし特に説明する素振りを見せないため仕方なく席に座りながら尋ねた。


「そちらは」


自分が着席したのを見届けた案内の男は、コートを受け取りお辞儀をしてその場を去っていった。

立ち上がった細身の男はきっちりした黒のスーツを着こなした20代くらいの風貌だ。こちらが座るのに合わせて、座りながら答えた。


「先生が到着するまでに本日の要件をお伝えさせて頂きます」


「要件は事前に聞いている。過去の事件についての警察内の対応に関する説明と、新たな不正献金に関しての情報提供だろう。いずれもこんなところで出来る話ではないんだが、誰がこんな場所を準備したんだ」


「ええ、まあ概ねその通りです。ですが今日は後者に関する情報をこの場で会話する予定はございません」


「では何を話そうというのだ。そもそもあなたはどちら様なのかな」


「私のことは追々おいおい話させて頂きます。実は確認する事件についても以前お伝えしたものとは別の事件の話になってしまいまして」


要領を得ない男の話し方にイライラしながら話を遮るように答えた。


「では本日は情報を準備していないから答えられない。久保田議員にもそう伝えて貰えるか」


「そう焦らないで下さい。準備頂かなくて結構なんですよ。丁田警視正が知っていることだけを教えて欲しいと思っております」


頬がピクリとする。悪い予感が的中している。オープンな場所だからこそ危うい話は無いと考えていたが、裏との繋がりについて聞いてくる可能性がある。議員のことは事前に調べたが左派グループのメンバーで、もし裏のことを知ったとしても咎めてくる事はないと考えていた。もしかすると目の前の男が独自で動いているのかもしれない。


「そうか」


興味ない回答をしつつ最善の動きを考えていた。本当に議員が来る可能性もあるため黙って帰るわけには行かない。ここはボロを出さずにやり過ごせばいい。しかし次の一言で背筋が凍った。


「Cリストについてご存知ですか」


何故この男がCリストの事を知っているのか。そもそもリストの名前を知っている人間さえ限られているはずだ。こいつは一体何者だ。公安か、政治界に巣食う右派のスパイか。いずれにせよ想像以上の危険を持った男であることは確実だ。


「知らんな」


そう言いつつ店内に目を向ける。入り口付近のソファーに、先立って入店していた部下が座っているのを確認した。相手側も伏兵を忍ばせ盗撮、盗聴をしている可能性は高い。客は座席が7割埋まるほどの30人前後だろうか。時間帯にしては少ない方だ。


「そうですか。とある筋から得た情報で警察内で犯罪の隠蔽いんぺいがあると聞きました。ある特定のグループの犯罪をもみ消しているんだとか。そう言った話もお聞きしたことないですか」


「映画やドラマの見過ぎではないのか。そんな不正あったらとっくに告発してる」


目の前の男はこちらのコメントを意に介さず話を続けた。


「そしてその特定のグループというのがどうやらある国の高い地位にある人達のようなんです。当然ながらもみ消しをしている警察には多大な資金が流れ込んでいるそうでして」


「君の憶測だろう。こんな公共の場で出鱈目な情報をお披露目して警察の地位を落とそうとするのはやめてくれないか」


「いえ、実はお金の流れについてはもう追跡出来ているんです。某国の犯罪が免除されている方々、その情報が載っているリスト、所謂Cリストだけが無い状況でして」


こいつの持つ情報は既に見逃せる閾値いきちを超えている。生かしておくわけにはいかないが、1人で動いているわけもない。まずはこいつらが持っている情報がどこまでなのかを引き出すことだ。それから最悪あの人だけは逃さないとならない。


「なるほど、不正な金銭の動向は知っておく必要がある。ただこの場で会話するには相応しくないな」


そう言い、敢えてテーブルのコーヒーを見た。最初に先方のコーヒーだけが置かれていることは確認済みだった。


「飲み物を良いか」といい、店内に目を向ける。


相手も釣られて後ろを振り返った。その隙に小指だけ折り曲げた左手を高くあげた。入り口付近の部下と目が合う。部下は自分とは反対方向を向き店員を探すように同じく小指だけ折り曲げた左手をあげた。伝わった。すかさず指を伸ばすと、目の前の男はこちらに向き直った。思わず内心ほくそ笑んだ。こいつがどこの誰かは知らないが経験値が違う。これで店を出たらそのまま部下が追跡してこいつらを一網打尽に出来る。

呼ばれた店員がこちらに来てホットコーヒーを注文した。


「それで、他に私に何が聞きたいのだね」

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