第10話 敵の本心

早々にウェイトレスが自分の前に綺麗に装飾されたコーヒーカップを運んできた。

目の前に座る男は余裕の笑みを浮かべて話し始めた。


「丁田警視正に伺いたいのはCリストの在処ありかでしたが教えて頂けないようですので別の質問をさせて頂きます」


イラっと来ながらも話を進めるよう目で促しコーヒーを口にした。


「それは過去に起きた誘拐事件の話です」


ゾッとした。あの事件のことだと直感していた。


「何の事件のことだ」


「実は公にされていない事件でして警察も動いてはいない事件なんです」


恐ろしさと同時に、わずかにではあるが情報の出所がわかって来たことに対する安心感も生まれていた。

13年ほど前にCリストの存在が危ぶまれる事件が発生した。内部告発しようとした警官がジャーナリストにCリストの存在と、その一部情報を流したのだ。ジャーナリストは捕まらず、危うく逃げきられるところだったがその弟を見つけ拉致することで、無事に引きり出すことが出来た。結果としてジャーナリストは生き残ってしまったが殺人犯として獄中で過ごす事になった。囚人が語る陰謀論など意味を成さないうえに、家族が人質に取られていると思ってか何の証言もしないままだった。

恐らく目の前の奴らはそのジャーナリストである米山から何らかの情報を得た人物だろう。コソコソとドブネズミのように嗅ぎ回っていたに違いない。


「警察が関係していないなら知らないな」


「2人の警官だけは知っているはずなんですよ。ある警官と丁田さんだけは」


「なぜ私が知っていると思うのだ」


「忘れたのですか。あの時顔を合わせてたじゃないですか。僕ですよ。あなたに誘拐された米山 伯弥たかやです」


心臓がバクンと脈打つのを感じた。なんだ。どういうことだ。あり得るのか。顔は確かにうろ覚えだし、子供だったから今の顔と一致しないのは仕方ない。だがそもそもこちらの顔は見られていないし辿り着ける情報もないはずだ。唯一の情報源となる中野辺なかのべも直ぐに死んでいる。


「鎌をかけているつもりかもしれないが私は誘拐などしないし君のことも知らんよ」


米山伯弥を名乗る男は無視して話続けた。


「ここまで辿り着くのに苦労しました。顔も名前もわからなかったものですから。けどまんまと釣られてくれたお陰でまたこうしてお会いすることが出来たんです」


やはり顔も名前も知られてはいなかった。どこで気付かれたのか。


「3年前、肝を冷やしたんじゃないですか。自分が起こした事件を再現するような事件が同じ場所で起きたんですものね」


なるほど、あの取り調べを足掛かりにしていたのか。しかし取り調べ自体も偽装して警察内部にも記録は残っていないはずだ。内部にもスパイは潜んでいるか。


「誰が模倣してるのか、何の狙いがあるのか気になりましたよね。狙いは1つで成功しています。あなたを炙り出すための事件だったんですよ」


「3年前の事件とは?今度は一体何の事件のことだ」


敵を侮っていた。済んだこととたかを括っていたが敵は水面下で全力で潰しに来ていたのだ。この場で早めに部下に武力行使の指示を出しておいたことは正解だった。


「喫茶店内警官発報事件のことです」


「何だと。君はあの事件の首謀者だと言うのか」


「言いませんよ。あなただって2010年の喫茶店発報事件の首謀者だとは言わないじゃないですか」


先ほどの発言を受けてこの場で逮捕することも可能か。だが敢えて挑発しているようにも感じる。となるとやはりここは泳がせて後ほど討つのが正解か。

短絡的な選択を取りたいという欲求をぐっと堪えていた。

何度も虚を突かれ、相手からの見えない思惑という重圧に押し潰されそうなこの場から一刻も早く離れたい気持ちだったが、それも相手の狙いだと考えると、耐えて話を聞き続けるというのが自分の選択だった。


「こんな不毛な話を続けてどこへ向かうつもりだ。私たちの会話にゴールがあるとでも?」


「誘拐の方もお答え頂けないのでしたら確かに不毛かもしれないですね。私はただ何故逃したのかを聞きたいだけだったのですが」


軽くため息をつき黙っていた。


「ふむ、まあ良いでしょう。ここまでは答えて頂けるとも思っていませんでした。最後の質問です。3年半前に獄中の兄を自殺に見せかけて殺したのは何故ですか」


米山伯弥の表情がすっと引き締まった。それまでの余裕ぶったへらへらした表情とは打って変わって戦う者の目をしている。


「わかっていると思うが私は何も知らんよ。お兄さんが亡くなったというのであれば気の毒だったね」


「兄がCリストに細工をしたからですか」


何だと。本当だとしたら大問題だ。だが本当にそんなことが可能か。ブラフの可能性も高い。確かに当時、リストに関する噂話が急に出てきた。念のため対策として米山を消したが、結局情報の出所は掴めず仕舞いだった。


「お兄さんは獄中にいたのではないのか。そんなところから警察内部にあると主張する幻のリストをどうやって細工するのかな」


「当然本人は出来ません。直接動いたのは警察内部にいる兄の協力者です」


まだ嘘の可能性が高い。確かに警察内部で噂が立っていたのは事実だが、肝心の情報を持っていないのであればこれも鎌をかけているのだろう。


「そうか、私がその管理者だったら肝を冷やすだろうね」


「うーん、どうでしょうね。管理者でしたらそこらの警官にはリストをいじれない事を知っているので逆にまだ焦っていないかもしれないですね。とあるスタンドアローン環境のファイルサーバ上に隠しファイルとして置いてあるのでリストにアクセス可能なパソコンも限られますしね」


どこまで知っているのか。当てずっぽうで言っているかもしれないが、事実とは合致している。改竄かいざんされていないか一度確認してもらうべきかもしれない。

だが待てよ。そもそもこいつの狙いはなんだ。私が本当に犯人かを確認する為か。違う、会話をする前から確信していたような物言いだった。私の失言を録音する為というのはあり得る。もし、私にリストを確認するよう依頼させることが目的だとしたら。なるほど、だとすると危険だ。

警戒を強めていたその時、伯弥の口から思いがけない言葉が出た。


「丁田さん、ここからが本題です。兄が取得したリストの一部情報とその改竄内容、この情報を買うのにいくら出せますか」


安堵感で思わず笑ってしまうのを堪えた。所詮はこの程度、我々を相手にゆすりが成立すると思っている世間知らずのお子ちゃまだ。丁田はコーヒーカップでほころぶ口元を隠した。

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